竜の器と囚われの贄姫

神崎 右京

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第三章

第23話 泥沼の恋路① (Side:カルロ)

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 汽笛が鳴って駆動音が響くと、ガタンっ……と車両が動き出す。

「わぁ……みて、カルロ。凄いね。こんな地域にまで鉄道が通ってるなんて。さすが、レーヴ領だ」

 目の前に座った婚約者が、窓の外を見ながらキラキラと眼を輝かせる。
 俺は窓枠に頬杖を突きながら、そんな彼女の横顔を観察した。
 スッと通った鼻筋。日焼けなんて概念を知らぬ透き通った肌。瞬きをするたびに暴風を巻き起こしそうな長い金色の睫毛。冬の湖面のように澄んだアイスブルーの大きな瞳。高い位置で結われた髪と、自然に露出する魅惑的なうなじ――

「はぁっ……つらい……!」
「え、何、何が!?」

 顔を覆って絶望的な声を出した俺に、シャロンは驚いてこちらを振り返った。

 ――今日も、俺の婚約者が世界で一番可愛すぎて、つらい。

 この美少女の婚約者という大義名分を持っているくせに、口説き文句の一つも禁止されているとは。
 どうして俺は、あの日、あんな約束をしてしまったんだ。過去に戻って自分を殴り倒したい。

「だ、大丈夫?やっぱり、研究、無理して進めたんじゃ――」
「そういうんじゃない。……そういうんじゃ、ないんだ……」

 レーヴ領で竜の魔法について研究していた俺は、無理矢理研究に一区切りをつけて、シャロンと共に竜神教が摘発された大規模集会場とやらに向かうことにした。
 一人で行く、と告げるシャロンに無理について来た形になったから、自分のせいで体調不良になるほど根を詰めさせてしまったのでは、と心配しているのだろう。

 ――賭けてもいい。本物のアルヴィンだったら、絶対そんな心配をしない。半眼で塩対応をして終わりだ。

 やはりこれは、シャロンなのだ。人に気づかいをすることを忘れない、心優しく美しい、俺の天使。
 妹のためならば悪魔みたいな思考も厭わない兄貴とは、似ても似つかない、慈愛の象徴。

 ――ふざけるなよ。アイツの本性は、お前からもらったプレゼントを鼻息荒く匂いを堪能した後、額縁に飾るような変態だぞ。
 本当に同じ血が流れているのか?

「本当に、大丈夫?ずっと忙しくしていたみたいだから……現地に着くまで、汽車の中ではゆっくりしたらいいよ。無理はしないで」

 柔らかな笑顔を向けられた途端、あふれ出す感情を落ち着かせるため、天を仰いで深呼吸した。

 ――ハイ可愛い。最高に可愛い。さすが天使。俺が死ぬときはこの天使に召されたい。本気で。

 初めてシャロンに出逢った日は、あまりの美しさに息が止まるかと思った。
 まさか、アルヴィンが吹聴していた阿呆みたいな前評判に偽りがないとは思わないだろう。
 一目惚れ、と言っても過言ではない。
 アルヴィンとの事前の約束など頭からすっ飛ぶくらい、沼に引きずり込まれるようにして恋に落ちた。それ以来もう何年も、この泥沼みたいな恋から出られていない。

 シャロンは、出逢ってからしばらく全く心を許してくれなかった。重度のシスコンの兄を緩衝材にしても、こちらが何か話しかけるたびに、おどおど、びくびく、と震えて全力で警戒された。そんな態度すら、逆に庇護欲を刺激されて困った。
 兄にだけ向ける笑顔を見て、あの笑顔をこちらに向けてくれたらどんなに幸せだろうと何度も夢想した。妹から見えないところで、兄がこちらに向ける優越感に浸った見下し顔がムカついたというのもあるが。
 肉食動物を前に怯える小動物との距離を詰める気持ちで、必死に手を尽くした。
 
『シャロンを口説くのは禁止って伝えたよね?矮小な人間ごときが天使の愛を乞えるとでも?身の程知らずにも程がある。……もぎ取るよ?』

 仲立ちを依頼しても、アルヴィンは全く頼りにならなかった。恐ろしい脅し文句と共にぴしゃりとはねつけられる。本当に、こいつの本性を今すぐシャロンに見せたい。
 
 ゆっくり、じっくり、まるでシャロンには全く気がありません、人畜無害な男です、みたいな顔をしてじりじりと距離を詰めていった。胃痛で吐くかと思った。
 しかしそれは正解だったようだ。 
 シャロンは本当に幼いころからちょっとしたことで危険に巻き込まれてきた。
 街を歩いていると、「こちらを見た。つまり俺に気があるに違いない」と勘違いした男に連れ去られる。シャロン側には目が合ったという自覚すらないのに。
 やがて人と眼を合わせることがトラウマになり、うつむきがちになれば「自分を意識しているから、恥ずかしくてこちらを見られないのだろう。こちらから近づいてやらなければ」と超解釈をした男に連れ去られる。何をしても、狂人には常識が通じない。

 人との距離の測り方も会話の仕方すら惑い、怖がるシャロンには、とにかく俺は世の中の男とは違うんだと態度で示し続ける必要があった。今から思えば、口説くことを禁止されていたのは良かったのかもしれない。最初から口説いていたら、シャロンの心は恐怖で雁字搦めのまま、永遠に開かれなかっただろう。

 初めて俺に向かって、恥ずかしそうに目を合わせて微笑んでくれた時は、感動のあまり、死んでもいいと思った。世の中の婚約者と呼ばれる関係とは程遠く、亀よりも遅い歩みで進む関係だったが、天使シャロンの初めての笑顔は、そんな努力が全て報われる破壊力だった。 
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