竜の器と囚われの贄姫

神崎 右京

文字の大きさ
32 / 59
第四章

第32話 行き遅れの令嬢 (Side:アルヴィン)

しおりを挟む
 身を切る冷気を切り裂くように、汽笛が長く鳴り響く。
 発車の揺れに備えて座席に掛けると、重たい車体を引きずるようにして漆黒の汽車が動き出した。

「さすが、一等車両は造りが違うな。どこの応接室かと思うくらい内装に拘ってやがる」

 ふかふかの座面を確かめるように手で押しながらカルロが皮肉げに頬を歪める。

「あの……カルロ。さすがに、こんな――高かったんじゃないの?」
「お前が気にすることじゃない。どう頑張っても車中泊しなきゃならない旅程なんだ。金をケチって一般車両で寝泊まりなんかして、お前に何かあったらどうする。寝込みを襲われでもしたら堪らない」
「ぅ……で、でも」

 カルロの心配性はありがたいが、貴族御用達の豪華な車両に気後れしてしまう。
 皮張りの客席。カーテンのついた大きな窓。ふかふかのマットレスが敷かれた広い寝台。部屋中にふんだんに使われた、豪奢な装飾。途中で見かけた一等車両専用の食堂車も、高級レストランと見紛う造りだった。
 とても、傭兵が使う車両ではない。元の身分がどうであれ、今の僕たちは傭兵なのに――

「金を出したのは俺だが、席を予約したのはレーヴ家だ。アイツらも同じ考えなんだろ」
「ぅぅ……お願いだから、全部終わったら、一緒に旅をした期間にかかった金額を必ずフロスト家に請求してくれ」

 思わず顔を覆って懇願する。カルロはフンと鼻を鳴らしただけで、返事をしてはくれなかった。
 王都に到着すれば、間もなく社交シーズンが始まるだろう。
 そうなれば、カルロとの旅も終わりだ。――最初に両親と約束した『一年』が終わる。

 一年前、僕はカルロと一緒に王都の学園を卒業している。つまり、本来であれば去年、僕はフロスト家を継ぐ準備に入るはずだった。
 ただ、社交シーズンが始まる直前であんな事件があり、僕の家――いや、国中の貴族たちが、社交どころではなくなった。未曽有の危機を前に、領地を放り出して王都で優雅に夜会やお茶会に興じる馬鹿はいない。

 不幸中の幸いというべきか。シャロンの安否もわからないあの状況で、僕に家を背負った社交など出来るはずもなかった。
 だからこそ、一年という期限をつけて、両親を説得することが出来たのだ。
 次の社交シーズンには、必ずフロスト家の嫡男としての働きをするから、それまでは――と。

 時に貴族らしく冷酷な顔を持つ父だが、家族の前ではただのお人好しの甘い男だ。僕の懇願に、困った顔をしながら、最後は了承してくれた。
 だから僕とカルロの旅は、結末がどうであれ――あと少しで、終わる。

「そう言えば、ベアトリス嬢との話はどうなったの?」
「どうなったもクソもあるか。最後まで突っぱねたに決まってるだろ」
「……もったない」

 不機嫌になるカルロに、呆れて嘆息する。
 今朝、屋敷を発つときにわざわざ見送りに出てきてくれたトビアス氏とベアトリス嬢を思い出す。カルロを家門に引き入れたいという思惑があったとはいえ、滞在中は本当によくしてくれた。僕が家に戻れば、それなりの恩返しをしなければいけないだろう。

「お前こそ、なんであのクソガキと仲良くなってるんだ」
「クソガ――……もしかして、ベアトリス嬢のこと?」

 この国で女性を権力順に並べたら、上から数えた方が圧倒的に早い位置にいる少女にそんな物言いが出来るこの男は、やはりただ者ではない。悪い意味で。

「せっかく縁談を結ぼうって言ってくれている高貴な女性に、そんな――」
「クソガキだろ。五つも下の子供に興味はねぇ」

 窘める僕に、カルロは嫌そうな顔で吐き捨てる。
 確かに、恋愛結婚が当たり前の庶民の平均初婚年齢と比べれば、貴族は圧倒的に早い。
 高位貴族の令嬢は、十歳くらいから相手の候補が複数いることが当たり前で、十二、三歳になるころには社交デビューと共に正式な婚約を発表する。そして、十五になるころまでに結婚式を挙げて、相手の家に入るのが一般的だ。
 そう考えれば、ベアトリス嬢が今、カルロと婚約を結んで次の社交デビューで正式に発表したいというのも、僕から見れば違和感はない。時には親子ほど年が離れた有力貴族の後妻に入ることもある貴族社会で、歳の差についてなど考えたこともなかったが、彼にとっては違うらしい。

「シャロンだって年下じゃないか」
「二つくらいなら許容範囲だ」
「でも……貴族社会では、シャロンはもう『行き遅れ』と言ってもいい。仮に今後、僕たちの仮説が証明されて、竜と恐化は関係ないと周知され、シャロンがフロスト家に残れることになっても……やっぱり、今更君と結婚したところで、君にとっては――」
「なおの事いいだろ。もらい手がないとしても、俺がもらう。何が不満だ?」

 行儀悪く窓枠に肘をついて、頑なに言い放つカルロに、困り切って口を閉ざす。
 どうして彼は、こんなに意固地になるのだろうか。
 
 シャロンは、今年十六になる。本来なら、昨年社交デビューを果たして婚約期間を経た後、今年には結婚式を挙げるはずだったのだ。
 だが、今シャロンが戻って来ても、十六を過ぎても相手がいない『行き遅れ』令嬢だ。まともな縁談を探すのは苦労するだろう。
 シャロンが竜から人に戻れるとしたら、きっとカルロの功績に違いない。カルロは、世界的にも竜の脅威から世界を救った英雄になる。
 『行き遅れ』の女でありながら、英雄と結婚できるなど、奇跡だ。しかもシャロンは、これから世の羨望を集め活躍するカルロにとって足手まといにしかならないだろう。
 カルロの才能に嫉妬し、彼を貶めようとする卑劣な人間にとっての格好の的になるだけだ。

 危険に巻き込まれやすい上に出世の弱点になり得る厄介な女のお守りを、大義名分と共に手放せる好機だというのに、なぜカルロはそんなにもシャロンに固執するのか。

「不満とか、そういうのじゃなくて……ベアトリス嬢、とても可愛らしい令嬢じゃないか。少し気が強い所もありそうだけど、強がっているだけだと思うし、正式に結婚するころには成熟して良妻になると思うけれど」
「だから、なんでお前たちが仲良くなってるんだ。お前の立場なら、人のモンに手を出すなと抗議してもいいところだろう」

 カルロは顔を覆ってイライラとため息を吐く。僕は答えに困って、車窓へと視線を移した。

「シャロンからすれば、恋敵だぞ。敵だ、敵。昔のお前なら、『シャロンの敵は僕の敵』とか言って徹底的に排除しようとしただろ」
「そんなまさか……あんな可愛くて良い子に、そんなことは思えないよ。シャロンだって、同じ高位貴族の家に生まれた令嬢同士、分かり合えることも多いだろう。最初は人見知りを発揮するだろうけれど、妹が出来たみたいで嬉しいって言うんじゃないかな」
「まぁ……シャロンが交友関係を広げること自体は悪いことじゃないが」

 ぶすっとした顔で認めてくれるカルロは、やはり優しい男だと思う。
 返す返すも、シャロンには勿体ない相手だ。

「まぁ、今はそんなのはどうでもいい。とにかく、俺は竜の魔法の解明を目指す。それが出来なきゃ、山頂の竜に会いに行くこともできない」
「不思議な魔法障壁の解除法、だよね」
「あぁ。王都に着いたら、すぐに竜神教の禁術についても調べないとな。長年研究しているアーノルドに会えれば、シャロンが巻き込まれた魂移しの儀式についても、新しい何かがわかるかもしれない。あれが本当に魔法の一種なら、必ず原理原則がある。竜を召喚し、魂を移す――魔法の詳細がわかれば、元に戻す方法もわかるかもしれないだろ」
「……うん。そうだね」

 僕は、窓の外に遠ざかっていく高い山脈を眺める。
 正直、そんなに簡単に行くとは思えないが、今は、一年かけて掴んだ微かな希望に水を差したくはない。

 凍えるような寒さの中で、人々に影響を及ぼさないよう最低限の生命活動に抑え眠っているであろうシャロンを想い、僕は静かに目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。 今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。 家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。 だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...