竜の器と囚われの贄姫

神崎 右京

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第四章

第44話 弱さとの決別 (Side:シャロン)

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 五歳の事件を機に、己の罪深さを理解した私は、二度と王都に行きたいと言うことはなかった。
 さすがに衝撃的な事件だったというのは周囲もよくわかっていたし、家族もまさか手練れのアベルが傍にいて、屋敷から目と鼻の先で、門番たちの目もあるあんな場所で凄惨な事件が起きるとは思っていなかったらしい。私の心を守るためにも、二度とアベルの話を出すことはなかった。葬儀に参加した方が良いのではと申し出たが、遺族からどんな言葉をぶつけられるかわからないと、私だけ留守番になった。

 家族から溺愛されている自覚はあった。
 それにただ甘えていればよかったのは、何も知らなかった頃の私だけ。
 
 肖像でしか顔を知らないエマという少女はもう、二度と父親に甘えることは出来ないのだ。
 ――自分だけが、家族に愛され、守られ、甘やかされるのは、なんだか違う気がした。

「シャロン。欲しいものがあったら、何でも言っていいんだよ。君のためなら、僕はなんでもしてあげる」
「はい、お兄様」

 事件以降、一切の我儘を口に出さず、淑女教育にのめり込むようになった私を心配したのだろうか。優しい兄は、いつだって私に要求を口にするように促した。

 だけど、どうしても、そんな気持ちにはなれなかった。

 もしも要望を口に出したら、兄はきっと、本当にどんな手段を使っても叶える手立てを考えてくれるだろう。
 だけど、その先に私以外の誰かの危険が伴うなら――もう二度と、あんな思いはしたくない。
 
 過ぎた幸せなど、望まない。
 今、目の前にある幸せを抱きしめて生きるだけでいい。

 大好きな父がいて、母がいて、兄がいて。幼いころから共に育った親友のような侍女《レイア》がいて。
 これ以上、一体何を望めばよいのだろうか。
 本当に心からそう思っていた――つもり、だった。

『シャロン。今日は、君に紹介したい人がいるんだ』

 ある日、兄がそう言って一人の少年を連れて来た。
 口が悪くて、態度も悪くて、けれど優しさを兼ね備えている不思議な人。

 打算しかない結婚だと言い放ったのと同じ口で、私と生きる未来を本気で考えていると言ってくれた人―― 

『抱えなくていいモンまで抱えんな!捨てなくていいモンまで捨てんな!』

 そんな風に叱ってくれたのも、彼だった。

 指輪を贈ってくれた。何度も花を贈ってくれた。
 有言実行とばかりに、どんな危険が迫っても、いつだって守り抜いてくれた。

「本当に、大丈夫かい? 王都は、君にとって――」
「だ、大丈夫、ですっ……カルロが、いますから」

 心配する兄に強がるように宣言して、強烈にトラウマを刺激されるだろう王都にも足を向けようと思えたのは、カルロのおかげだった。
 どうせ十五になれば、社交デビューのために訪れなければならない土地だ。勇気をくれたカルロに、自分が与えられるのは、爵位を賜るに相応しい後ろ盾だけ。それを社交界に公言する、大切な一日。
 そんな重要な日を、トラウマで伏せって台無しにはしたくない。
 練習をしなくては、と思っていた。

 だが、同時に大丈夫だろうという絶対の安心感も抱いていた。
 カルロが隣にいてくれれば、怖い思い出しかない王都も、きっと大丈夫。

 カルロと婚約をしてからの五年間、私は少しだけ、心に素直に生きることを思い出した。
 こんな日が一生続くなら、どんなに幸せなことだろう――そんな風に思った矢先、突然日常は崩れ去った。

 謎の儀式に巻き込まれ、大好きな兄が異形へ姿を変えた。
 幼いころから誰よりも私を愛してくれた肉親が、世界中から憎まれ、疎まれ、皆がその命を狙っている――

 また、だ。
 また、私のせいで――私の周りの人が、命を散らす――

「お兄様っ――」

 分不相応な願いを抱いた、代償なのか。
 罪の意識に耐えきれず、声を張り上げて後を追いたいと嘆く私を、また、家族とカルロが甘やかす。優しく真綿で包むようにして、「シャロンのせいじゃない」と甘い言葉を囁く。

 その言葉だけを胸に、耳を塞いで、目を閉じて。
 怖い、哀しいと震えて、殻の中に閉じこもったら、きっとまた、誰かが解決してくれるのだろう。

 身を挺して命を救ってくれたアベルのように。
 カルロという救世主を連れてきてくれたお兄様のように。

 カルロはきっと、何をしても兄を助け出そうとしてくれるだろう。

 輝かしい約束された未来を蹴って。魅力的な令嬢との奇跡のような縁談を蹴って。
 慣れない貴族社会の慣習を覚えて、お上品なダンスを踊って、口に合わない堅苦しい食事に文句の一つも言わないで。

 そうまでして報いてくれた彼に、私が与えられるものなど、何もないのに。
 世界で一番愛しい人に、不自由を強いて得る他力本願な”幸せ”に、一体何の意味があるのだろう――

 全ては、現実から目を背け続ける無力な私のせい。

『私は、レーヴ家の女! 敵の塩など、受け取りませんわ!』

 幼さの残る顔立ちとはアンバランスなほど強い瞳で、胸を張る少女の声が、脳裏にこだまする。
 あんなふうになれたら、違っただろうか。
 激動の世界に翻弄されて、高貴な方との婚約という約束された未来も失って、家のために顔も見たことのない平民と結婚しろと言われた彼女は、きっと、与えられた環境で自分の”幸せ”を生み出せる強い人。

 周りに甘やかされ、現実から逃げ続けている私とは、何もかもが違う。

 私は――――こんな私のことが、世界で一番、大嫌いだ。
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