竜の器と囚われの贄姫

神崎 右京

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第五章

第49話 報告会② (Side:カルロ)

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 運ばれてくる食事を、シャロンと和やかに会話しながら行儀よく平らげていく。
 学園時代、「将来、シャロンに恥をかかせたら殺すからね?」とアルヴィンに脅されながら必死に学んだマナーは、談笑しながらでも綻びを見せないまでになっていた。

「じゃあ、アーノルド氏は本当に血筋による魔法能力と、禁教につながりがあると考えていたってこと?」
「あぁ。アイツが研究してた資料の中に、黒魔法と白魔法の起源を辿った履歴があった。学園でも起源は『諸説ある』としか習わないし、学術的に証明はされていない。アーノルドの研究は血筋に紐づく。家系図を辿ることで起源を明らかに出来ないかを試みたらしい」

 肉料理を小さく刻んで口に運びながら、昼間に見た資料を思い出しつつ説明する。

「相当、色々な文献や聞き込みを行って頑張ったらしいが、結局、確かなことはわからなかったようだ」
「まぁ……もし明らかになっていたら、今頃、世界中に名をとどろかせる魔導師になってるよね……」
「あぁ。だが、明らかにならなかった理由が――古代竜の時代に、資料が紛失したため、だったらしい」
「――!」

 シャロンは驚きに目を見開く。
 まさかここで、”竜”が出てくるとは思わなかったのだろう。食事の手が止まっていた。

「実際、魔法の起源研究ってのはメジャーなテーマだ。色々な方法でそれを辿ろうとする魔導師は多い。だが、大抵、その時代より前の資料が見当たらないってことで諦めることが殆どなんだ。アーノルドも、血筋を根拠にしたなら、家系図や祖先からの言い伝えみたいなもので辿れるかもって考えたんだろうな」

 肉の最後の一切れを口の中に入れながら、考察を口にする。
 太古の昔、世界を一度滅亡の危機に追いやったという古代竜――恐化現象が世界中に広がり、人が住める場所が極限まで削られて、文明すらその時代を境に退行したとまで言われる。
 だが竜の伝説は、シャロンの事件があるまで、一般的には「おとぎ話」としてしか信じられてこなかった。
 世界が滅亡に瀕したことは事実なのだろう。世界的な混乱で失われたのか、それより前の時代の文献や伝承は殆ど残っていない。
 『竜』や『恐化現象』などというのは、世界滅亡の要因となった”何か”――天変地異や、暴君だった時の権力者一族との闘争など――の比喩表現でしかないとされていたし、それを実在の存在として崇める竜神教は妄言を吐く集団だとされてきた。

「今や、竜の実在は疑いようもない。古竜討伐や恐化の浄化に、黒魔法や白魔法が使われた形跡はあるが、具体的にいつから人間が魔法を使えたのかまでは、わかっていない。だが、アーノルドは、魔法能力は血筋によるものと考えていた。辿って行けば、一つの一族に収束するんじゃないかと考えてたみたいだな」

 実際、遺されていた資料はかなり近いところまで辿っていたように思う。起源になっていそうな一族の候補を三つくらいまで絞っていた。
 それが、恐化現象が広がった時代と重なっており、そこから先を辿れなかったのだ。当時、そこまでたくさんの魔法使いがいたわけではない。あと数代経れば、一族を特定することは出来ただろう。当時のアーノルドの悔しさがしのばれる。

「じゃあ、アーノルド氏は、太古の竜騒動の少し前くらいが、今の魔法の起源だと思っていた……ってこと?」
「そういうことだな。今の白魔法は、正教の考えに紐づくだろ?そもそも、正教自体が出来たのも、その辺りの時代だって言うし、大きく外れてないと思うが」

 シャロンは難しい顔で考えながら、食事を再開する。小さな口を動かして淑やかに食べる仕草も可愛いな、などと関係ないことを頭の片隅で考えながら、俺はアーノルドの思考の流れを想像する。

「記録が失われたのは、竜が出現してからしばらくたってから――恐化が世界に広がり切って、人類の数が激減したタイミングだ。その時点で、候補が絞れるくらいだったとすると、魔法の起源は、竜の出現前後だったんじゃないかと仮定できる」
「それって……」

 シャロンは聡明な女だ。俺が言いたいことを察したらしい。

「もしかして――竜に対抗するために、魔法が生まれたんじゃ――」
「俺もそう考えた。きっと、アーノルドも。……そのあたりから、竜神教に興味を持ったんじゃねぇか? 当時はまだ空想上の存在とされていた、世界を滅亡に導いた”竜”っていうのが本当のところは何だったのか――それを調べていくうちに、竜神教の『禁術』に出会ったんだろう」

 そもそも魔力を使えるのは、魔法使いの血筋だけだ。
 禁術の発動条件が、魔方陣を描き呪文を唱えてことだと知ったなら、それが魔法の一種だと思いついてもおかしくはない。

 運ばれてきた食後の紅茶に口を付けながら、俺は嘆息する。

「もしかしたらアーノルドは、白魔法と黒魔法を混ぜたらどうなるか、っていう発想から、禁術にのめり込んだかもしれないな」
「え……?」
「言っただろ。アーノルドはそもそも、血筋研究が継続出来なくなったから、禁術研究に鞍替えしたんだ。最初に研究を取り上げられた理由は、魔法を使う貴族と平民の混血児は、どんな魔法を使うのか――なんて考え始めたせいだ」
「確か普段の研究への傾倒っぷりから、危険視されて、止められたんだよね?」
「あぁ。だがあの研究馬鹿が、心血を注いだテーマを志半ばにするとは思えない。学術的な大発見をすれば、研究再開も認められるかもしれないと、過去の研究をヒントに魔法起源を辿り始めたんだろう。そして”竜”の調査の中で禁術に出会い、さらにそれが黒魔法と白魔法を融合した魔法の一種じゃないかと思い至り――欲が再燃した。だからこそ、禁忌だとわかっていても止まれなかったんじゃねぇか、と今なら思う」

 同情はしないが、あの男にとってそれは、人生を賭けるに値することだったはずだ。
 研究が明るみになれば、国から危険人物のレッテルを張られ、それまで築いた名誉も功績も取り上げられ更迭されるとわかっていても、止まれなかったのだろう。

「そっか。カルロの後見人になってくれた人だって言うし、ちょっとだけ、会ってみたい気持ちもあったんだけどな」
「やめろ。会うな。身の危険があるぞ」
「えぇ……??」
「あのクソ野郎、物凄い女誑しなんだよ。息を吐くようにすれ違う女をナンパしやがる。お前、これまでの旅で散々女に間違えられたの忘れたのか?」

 アーノルドは生粋の王国民だが、若い頃にロデスに留学していたことがあるらしい。そのおかげで俺の後見人になるにも抵抗がなかったのはありがたいが、綺麗な女を見かけたら見境なく口説くロデスの悪癖が身に付いている。

「君……自分の行いを棚に上げてよく言うね……」
「うるせー。とにかくアーノルドはダメだ。会うなら俺が一人で行くからお前は留守番だ」

 シャロンは少し呆れたような顔をしてから、そういえば、と思い出したように口を開く。

「ナンパと言えば――今日、特別資料館でも、声を掛けられたよ。僕のこと、女だと思ったんだろうね」
「っ、はぁああっ!??」

 さらりと雑談めかして投げ込まれた衝撃告白に、思わず行儀も忘れてガタンと立ち上がる。

「おまっ――限られた高位貴族しか立ち入り出来ないエリアじゃなかったのか!? 貴族は身分が低い奴から声かけられないんじゃねぇのかよ! フロスト家に声かけられる貴族なんて殆どいねぇだろ!」
「え、う、うん。そうだけど――職員の格好をしてたから、平民だと思う」
「職員――って、職権乱用じゃねぇか! ふざけんな! どうしたんだよ、そいつ!」
「ど、どう……って言われても……」

 額に青筋を浮かべて激昂する俺に気圧されながら、シャロンは困ったように弁解する。

「高位貴族しか立ち入れないエリアで、職員の肩書を利用して、身分差も考えず声をかけるなんて、明らかなマナー違反だろう。もちろん、無視したよ」
「よっし、それでいい! あとは、フロスト家の名前で正式に資料館に抗議しろ! クビにしてやれ!」
「えぇぇ……そ、そこまでは、流石に……」

 俺の婚約者が優しすぎるっ……!こういうときこそ、貴族の強権を振りかざしてほしい。本物のアルヴィンだったら絶対に、即刻そのナンパ野郎の家族ごと王都から追い出す算段をつけるぞ!
 ギリリと歯噛みする俺に、シャロンは困惑しながら言葉を続ける。

「僕が竜神教の魔方陣の資料を探してたら、声をかけて来たんだよ。職員だからか、どこにどんな資料があるのか詳しくて――最初は、親切だと思ったんだ。知識もありそうだったし。でも、容姿についてあれこれ言い始めたところで、あぁ、これ、違うなって思って――」
「無視しろ、助けを求めろ。資料館の警備に言ってつまみ出せ、そんなやつ」

 強硬な姿勢を崩さない俺に、シャロンは困ったように視線を外す。
 わかっている。悪魔みたいなアルヴィンと違って、シャロンは天使だ。優しさという言葉が服を着て歩いているようなシャロンには、そんなことは出来ないだろう。
 だけど、俺は俺以外の男を誰一人信用していない。シャロンに色目を使う男は全員死ねばいいと本気で思っている。

「特別資料館って、お前と一緒でも、俺は特別エリアにも入れないのか!?」
「一人までなら、同伴者も許可されるよ。身分証は必要だけど」
「じゃあ、明日は朝一で学園に手紙が届いてないかチェックしたら、俺もすぐ資料館に向かう! んで、一緒に調べ物しつつ、もしまたそのナンパ男が声かけてきたら返り討ちにする!」
「か、返り討ちって、そんな……君もよくしていることだし、意外と世の中にはそういうことをする人がいるんだなって勉強になっ――」
「んな勉強はいらねぇんだよ! 慣れるな! 貴族らしく平民一人くらい、心も痛めずサクッと路頭に迷わせろ!」
「そんなこと出来るわけないだろう……?」

 呆れたように困惑するどこまでも心優しいシャロンに歯噛みしながら、俺は明日、婚約者を不埒な男の手から守り切ると心に誓うのだった。
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