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第五章
第55話 疑惑 (Side:カルロ)
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「じゃあ……どうして……」
立ち上がったシャロンが、震える声を絞り出す。
「どうして――全く関係がないシャロンが、狙われたんですか――!?」
「っ、シャロ――アルヴィン、落ち着け」
ゆらりとアーノルドに歩み寄ろうとしたシャロンの手を掴んで押しとどめる。
「どうして――どうしてっ……!だって、フロスト家は関係ない!我々は先祖代々、この土地を治めてきた由緒正しい貴族です!邪教との関係もなければ、禁術も、古代魔法も、何も知らない!」
「っ、おい!」
普段は穏やかなシャロンが、全身を震わせて声を荒げている。掴んだ腕は細く、だが振り払おうとする力は彼女の悲痛な叫びに呼応するように強かった。
激高するシャロンを押しとどめるが、アーノルドは困った顔をするだけだ。
「そう言われてもね。竜と禁術に魔法的な共通点があると見つけたのはカルロだ。私も今日、それを初めて知った。この仮説は、今日ここで初めて生まれたものだよ」
言いながらアーノルドはため息を吐く。
「私はカルロの発見を聞くまで、”器”は完全に無作為に選ばれるんだと思っていた。国が実験で死刑囚を対象に選んだように、その時代時代の倫理観で『どうなってもいい人間』を選ぶものだと、ね。だから、誘拐しやすいお嬢様を選んだのかなと思っていた。巻き込まれてしまったシャロン嬢とアルヴィン君は本当に気の毒だと思っていたよ。……ここで議論が発展するまでは、ね」
「おいっ、アーノルドっ!てめぇ――」
「仕方ないだろう。論理的に考えて辿り着いた仮説だ。感情論で撤回は出来ない。私は根っからの研究者だからね。つまり――」
アーノルドはわなわなと唇を震わせるシャロンを指さし、続ける。
「君たちが知らないだけで、フロスト家は、竜神教との深い繋がりがある。そう考えるのが自然だ」
「アーノルド!」
シャロンを押しとどめたまま、俺は声を張り上げてアーノルドの言葉を制止する。
このままでは、精神的に不安定になったシャロンの暗示が揺らぐ――
視線だけで相手を殺せるのではと思うくらいの力で睨むが、アーノルドは気に留めない。
「そう怖い顔をしないでほしいな、カルロ。何も、私がフロスト家と竜神教のつながりを疑うのは、”器”の対象として選ばれたからだけじゃない。……このタウンハウスの入り口にあった、紋章。あれは、フロスト家の家紋だろう?」
そんなものがあっただろうか――と思い出す前に、アーノルドは考えを口にする。
「とても印象的な紋章だ。そう――美しい青と金で描かれていたね」
アーノルドが言いたいことを理解し、さぁっと背筋に冷たいものが走る。
「偶然だなぁ。君が昨日から調べていた、竜神教の紋章によく使われている色だ」
「っ、偶然だろ!」
俺は即座にアーノルドの考えを真っ向から否定する。
「昔、シャロンに聞いたことがある! あれは領内にある有名なドロテア湖と、太陽の恵みで穀物を育てるフロスト領を象徴する紋章だ! 竜だの器だの、そんなもんとは関係ねぇ!」
「そうかな。色の話を持ち出したのは、君たちだろう。私は今日、妙に説得力があるなと思っていたけれど」
「こじつけだ!」
言い合う俺たちの傍で、シャロンが震え出すのがわかる。
当たり前だ。今日の今日まで、自分たちは完全なる被害者であると思い込んでいたのだ。
だが、ここへ来て、それが根本からひっくり返る可能性を提示されてしまった。
「最初に竜神教との関連を疑われたフロスト卿は、方々を駆け回ってその不名誉な噂をかき消そうと必死だったそうじゃないか」
「それは――!」
「もしかして、当主は知っていたんじゃないか? 竜神教と自分たちにつながりがあること。娘や息子が狙われる可能性があること。……いや、シャロン嬢は家の中で使用人に薬を盛られて誘拐されたんだっけ? もしかして、そもそも当主が娘を”器”として差し出――」
バチンッ
滔々と能書きを垂れる元後見人に向かって、俺は魔法で簡易電流を目の前で炸裂させる。
一瞬痺れて動きを止め、驚くアーノルドに、俺はドスの利いた声で告げた。
「お前、本当にふざけんなよ。妄想でも、言っていいことと悪いことがある」
アーノルドは知らない。あの事件の後、どれだけフロスト当主夫妻が苦しんでいたか。息子の命が世界中に狙われることになり、娘が自責の念に耐えられず自傷行為を繰り返す中、どれだけ心を痛めていたか。どれだけ憔悴して、自分たちも折れそうになりながら、自領の民のために貴族の矜持で己を奮い立たせていたか。
俺の洒落にならない本気の怒りを感じ取ったのだろう。アーノルドはいったん口を閉ざした。
口汚く感情のまま罵りたくなる衝動を堪えて、俺はアーノルドに合わせて理知的に言い返した。
「これは、魔塔関係者と国の重要人物しか知らない極秘事項――元更迭者のお前には知らされていないだろうが――シャロンは”器”の儀式を受けている最中、身体の組成を作り変えられるような奇妙な感覚を覚えたと証言している」
「ぅん……?」
「あの禁術には、本来、”器”の適性がない人間を無理やり”器”に作り替える作用があるんじゃないのか。第一、本当にフロスト当主が黒幕だったなら、シャロンを”器”にする意味がない」
「そうかな。アルヴィン君は嫡男だ。竜にして家を失う訳にはいかないんだから、娘の方を――」
「阿呆。フロスト家がどれだけデカい家かお前、知らないのか。血筋が必須だとしても、いかにも関与を疑われやすい自分の子供たちから出すより、分家から出す方がいいだろ。我が子より情もなければ、万一疑われても、蜥蜴の尻尾切りもしやすい」
「それは……うぅん。確かに」
アーノルドが言葉に詰まると、畳みかけるように俺は続けた。
「第一、シャロンを狙うなんて効率が悪すぎる。シャロンは昔から、政敵から洒落にならない命の狙われ方をしてた上に、アルヴィンから溺愛されていた。家督を継ぐアルヴィンよりもずっと厳重な警護が付けられ、婚約者は国家最強の魔法使いだぞ。たまたま偽の使用人を使って裏をかくことが出来たからよかったが、普通に考えたら分家の油断している三男坊くらいを標的にした方が圧倒的に楽だろう」
「カルロ……」
シャロンが弱々しい声で俺を呼ぶ。
安心させるようにその小さな手をぐっと握った。一度芯まで冷え切った指先を温めるように――俺に任せておけば大丈夫だと伝えるように。
俺は、一生をかけてシャロンを守ると約束している。
身の危険だけじゃない。――彼女の心も、生涯をかけて守り抜く。
シャロンが心から愛する大切な家族を不当に貶め、彼女の心を傷つけることは、我慢がならない。
静かな決意に満ちた俺の瞳を見返したアーノルドは、諦めに近い色を浮かべながらも、最後にもう一度口を開いた。
立ち上がったシャロンが、震える声を絞り出す。
「どうして――全く関係がないシャロンが、狙われたんですか――!?」
「っ、シャロ――アルヴィン、落ち着け」
ゆらりとアーノルドに歩み寄ろうとしたシャロンの手を掴んで押しとどめる。
「どうして――どうしてっ……!だって、フロスト家は関係ない!我々は先祖代々、この土地を治めてきた由緒正しい貴族です!邪教との関係もなければ、禁術も、古代魔法も、何も知らない!」
「っ、おい!」
普段は穏やかなシャロンが、全身を震わせて声を荒げている。掴んだ腕は細く、だが振り払おうとする力は彼女の悲痛な叫びに呼応するように強かった。
激高するシャロンを押しとどめるが、アーノルドは困った顔をするだけだ。
「そう言われてもね。竜と禁術に魔法的な共通点があると見つけたのはカルロだ。私も今日、それを初めて知った。この仮説は、今日ここで初めて生まれたものだよ」
言いながらアーノルドはため息を吐く。
「私はカルロの発見を聞くまで、”器”は完全に無作為に選ばれるんだと思っていた。国が実験で死刑囚を対象に選んだように、その時代時代の倫理観で『どうなってもいい人間』を選ぶものだと、ね。だから、誘拐しやすいお嬢様を選んだのかなと思っていた。巻き込まれてしまったシャロン嬢とアルヴィン君は本当に気の毒だと思っていたよ。……ここで議論が発展するまでは、ね」
「おいっ、アーノルドっ!てめぇ――」
「仕方ないだろう。論理的に考えて辿り着いた仮説だ。感情論で撤回は出来ない。私は根っからの研究者だからね。つまり――」
アーノルドはわなわなと唇を震わせるシャロンを指さし、続ける。
「君たちが知らないだけで、フロスト家は、竜神教との深い繋がりがある。そう考えるのが自然だ」
「アーノルド!」
シャロンを押しとどめたまま、俺は声を張り上げてアーノルドの言葉を制止する。
このままでは、精神的に不安定になったシャロンの暗示が揺らぐ――
視線だけで相手を殺せるのではと思うくらいの力で睨むが、アーノルドは気に留めない。
「そう怖い顔をしないでほしいな、カルロ。何も、私がフロスト家と竜神教のつながりを疑うのは、”器”の対象として選ばれたからだけじゃない。……このタウンハウスの入り口にあった、紋章。あれは、フロスト家の家紋だろう?」
そんなものがあっただろうか――と思い出す前に、アーノルドは考えを口にする。
「とても印象的な紋章だ。そう――美しい青と金で描かれていたね」
アーノルドが言いたいことを理解し、さぁっと背筋に冷たいものが走る。
「偶然だなぁ。君が昨日から調べていた、竜神教の紋章によく使われている色だ」
「っ、偶然だろ!」
俺は即座にアーノルドの考えを真っ向から否定する。
「昔、シャロンに聞いたことがある! あれは領内にある有名なドロテア湖と、太陽の恵みで穀物を育てるフロスト領を象徴する紋章だ! 竜だの器だの、そんなもんとは関係ねぇ!」
「そうかな。色の話を持ち出したのは、君たちだろう。私は今日、妙に説得力があるなと思っていたけれど」
「こじつけだ!」
言い合う俺たちの傍で、シャロンが震え出すのがわかる。
当たり前だ。今日の今日まで、自分たちは完全なる被害者であると思い込んでいたのだ。
だが、ここへ来て、それが根本からひっくり返る可能性を提示されてしまった。
「最初に竜神教との関連を疑われたフロスト卿は、方々を駆け回ってその不名誉な噂をかき消そうと必死だったそうじゃないか」
「それは――!」
「もしかして、当主は知っていたんじゃないか? 竜神教と自分たちにつながりがあること。娘や息子が狙われる可能性があること。……いや、シャロン嬢は家の中で使用人に薬を盛られて誘拐されたんだっけ? もしかして、そもそも当主が娘を”器”として差し出――」
バチンッ
滔々と能書きを垂れる元後見人に向かって、俺は魔法で簡易電流を目の前で炸裂させる。
一瞬痺れて動きを止め、驚くアーノルドに、俺はドスの利いた声で告げた。
「お前、本当にふざけんなよ。妄想でも、言っていいことと悪いことがある」
アーノルドは知らない。あの事件の後、どれだけフロスト当主夫妻が苦しんでいたか。息子の命が世界中に狙われることになり、娘が自責の念に耐えられず自傷行為を繰り返す中、どれだけ心を痛めていたか。どれだけ憔悴して、自分たちも折れそうになりながら、自領の民のために貴族の矜持で己を奮い立たせていたか。
俺の洒落にならない本気の怒りを感じ取ったのだろう。アーノルドはいったん口を閉ざした。
口汚く感情のまま罵りたくなる衝動を堪えて、俺はアーノルドに合わせて理知的に言い返した。
「これは、魔塔関係者と国の重要人物しか知らない極秘事項――元更迭者のお前には知らされていないだろうが――シャロンは”器”の儀式を受けている最中、身体の組成を作り変えられるような奇妙な感覚を覚えたと証言している」
「ぅん……?」
「あの禁術には、本来、”器”の適性がない人間を無理やり”器”に作り替える作用があるんじゃないのか。第一、本当にフロスト当主が黒幕だったなら、シャロンを”器”にする意味がない」
「そうかな。アルヴィン君は嫡男だ。竜にして家を失う訳にはいかないんだから、娘の方を――」
「阿呆。フロスト家がどれだけデカい家かお前、知らないのか。血筋が必須だとしても、いかにも関与を疑われやすい自分の子供たちから出すより、分家から出す方がいいだろ。我が子より情もなければ、万一疑われても、蜥蜴の尻尾切りもしやすい」
「それは……うぅん。確かに」
アーノルドが言葉に詰まると、畳みかけるように俺は続けた。
「第一、シャロンを狙うなんて効率が悪すぎる。シャロンは昔から、政敵から洒落にならない命の狙われ方をしてた上に、アルヴィンから溺愛されていた。家督を継ぐアルヴィンよりもずっと厳重な警護が付けられ、婚約者は国家最強の魔法使いだぞ。たまたま偽の使用人を使って裏をかくことが出来たからよかったが、普通に考えたら分家の油断している三男坊くらいを標的にした方が圧倒的に楽だろう」
「カルロ……」
シャロンが弱々しい声で俺を呼ぶ。
安心させるようにその小さな手をぐっと握った。一度芯まで冷え切った指先を温めるように――俺に任せておけば大丈夫だと伝えるように。
俺は、一生をかけてシャロンを守ると約束している。
身の危険だけじゃない。――彼女の心も、生涯をかけて守り抜く。
シャロンが心から愛する大切な家族を不当に貶め、彼女の心を傷つけることは、我慢がならない。
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