白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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3-1 夜明け

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 12月6日、金曜日。午前5時半。

 朝ご飯の支度を始めた。このキッチンには、焼き立ての食パンの匂いが広がっている。ホームベーカリーで焼き上げた。ハマりそうだから買わずにいたが、とうとう手を出してしまった。

 これがまた面白くて、いろんな種類を作りたくなった。ロールパンを使ったサンドイッチも作った。俺と黒崎の昼ご飯用だ。しばらく、黒崎にも付き合ってもらう。

「黒崎さーん。トーストを仕上げてよーー」
「ああ。いい匂いだな」
「そうだろ~。明日はカボチャを入れて作るよ。田中屋の食パン風に」
「明日はゆっくりしておけ。今日は疲れるはずだ」
「やりたいんだよねえ……」
「セーブする約束だぞ」
「分かった、日曜日にするよ。バターを塗ってね」
「どこにある?」

 ガタ。黒崎が冷蔵庫を開けた。バターの容器を探しているようだ。実はすでにカウンターの上に置いてあるし、目の前にある状態だ。この人は視力がいいし動体視力もいい。夜目も利くタイプだ。でも、キッチンの中では探せないものが多い。興味がないのか覚える気がないのか。

「カウンターの上だよー。透明のやつ」
「……そうか。これか?」
「それは漬物容器だよ。緑色だろ?」
「……こっちか」

 きゅうりの漬物が入った容器を見て間違えるほど、興味がないということだ。毎度ながら恐れ入る。そして、バターをぬり終えたトーストを運んでいった。サラダ、コンソメスープも続く。大したものだと眺めていると、そっと近づいてきた。

「どうしたの……んん?」
「エプロンが似合う」
「ありが……んん?」
「クリーム色が似合う。ジュリエットのイラストもいい」

 ウエストに腕が絡みついた。まぶた上に押し当てられた唇が熱い。新作エプロンを着ける度に、イチャついてくる。黒崎はウサギが大好きで、ウサギのイラストのついたエプロンや部屋着を買ってくる。それを俺に着せている。自分も気に入っているし、黒崎の子供時代の思い出が癒せるのなら協力したい。

「くろ……さきさん。朝ごはんが……」
「夏樹。こっちを向いてくれ。可愛い」
「ん……。ほら、食べようねー」

 可愛いのは黒崎の方だ。今日は平日だからゆっくり出来ない。背中をポンポンと叩いてテーブルに促した。

 最近、黒崎が甘えてくることが増えた。甘えてくれるのが嬉しい。弱音を吐いて欲しい。この黒崎家を背負うのは大変だ。問題が表立って起きていないが、水面下では広がっている。黒崎からは話題に出ていない。こっちが勝手に知ったからだ。

 この黒崎家は親戚が多い。自分の生まれ育った実家を物差しにして考えると、違和感でいっぱいだ。遠い親戚になると繋がりが薄くなり、消えていくものかと思ったら、この黒崎家はそうではない。付き合いが広くて濃い。親戚の娘さんを、黒崎の妻か恋人の一人に勧めてきた親戚がいるそうだ。

 来月10日に、黒崎家の法事が予定されている。俺も出席する。お父さんの10人目の息子として。去年の法事は短い時間だけ出席した。ほとんど話をすることなく、挨拶だけ済ませて帰った状況だった。最初から黒崎の方で決めていたプランだった。一度も顔を出さないと、詮索の輪が広がるからだ。

 先月は数人が会いに来た。俺がデビューしたからだ。お義父さんの家にお祝いを伝える形で訪ねてくれたから、会わないわけにはいかない。黒崎とお義父さんが判断して、会った。

 俺のことを非難めいた目で見る人もいれば、仲良くしようと思ってくれてなのか、あからさまな態度を取る人もいる。極めつけが、俺の遊び相手にどうぞと言って、知り合いの人を紹介されそうになったことがある。友達としてだと受け取っている。

 実家の父から、財産がらみで揉めた話を聞かされたことがある。人は変わるものだと。父方の中山家でも起きたことがある。怖いことだとは受け取らなかった。その時は事実だけを淡々として聞いた。現在は黒崎家の、その渦の中に立っている。
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