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それを知った後は活気が戻るかと思えば、さらに静まり返ったそうだ。みんなが笑いを堪えるのに必死だったからだ。それを打破したのが、枝川さんと平田さんだ。
「新しいニックネームを名付けられたんだよね?どんなやつ?」
「知らない。俺の前では呼ばないからだ」
「知っているんだよね?」
「知らない。そこに立て。撮ってやる」
「ひゃひゃひゃ。……いたっ」
イジりすぎたようだ。頬をつねられてしまった。笑いながら小突き合っていると、鳥の鳴き声が聞こえてきた。水面を見下ろすと、白とグレーのコントラストが加わっていた。
「カモメの大群だよー」
「懐かしい。覚えているか?あの浜辺のことだ」
「もちろん覚えているよ。ママと再会した帰りに寄った時だね。アクリル樹脂のキーホルダーをかざしたら……、カモメが飛んできたね。30羽ぐらいいたっけ?」
「ああ。きな粉ドーナツで取り囲まれた」
「俺たち、逃げたよねー。ひゃひゃひゃ」
駐車場へ戻った後、車のフロントガラスに、2羽のカモメが止まった。天国に行った拓海さんと、犬のアヤノちゃんからの御使いだ。そういうことにした。あれが高校3年生の10月のことだった。環境の変化の大きさが凄いと思う。
「あれから2年ちょっとだよ。変わったね。仕事も家族も……」
「あれ以上、いいことが起きるとは思わなかった。ここへ戻っても仕方がないぐらいに考えていた。わりと持ち堪えている」
「黒崎さん……」
「ありがとう」
「うん……」
(俺だって言いたいよ。ありがとうって。言えない……)
だんだん視界がボヤけてきたからだ。喉の奥からせりあがってくるものが邪魔している。こんなに穏やかな景色を前にして泣くことはないのに。楽しいデートをしているのに。黒崎から頭を抱き寄せられた。コートの肩が汚れてしまうのに、気にするなと言われた。
「ごめん……」
「今日はいいことで泣いたか」
「たまにはいいだろ……っ」
「そうだな……」
「思い切り泣け。泣けるときには。堪える必要がある時が出てくる」
「黒崎さん……っ」
「これからがスタートだぞ?黒崎製菓グループに入社しなくても、大変な波が来る。もっと大変だろう。ダイレクトに本人へ返ってくる仕事だ」
「うん……」
「いいタイミングの時に辞めてもかまわない。体調が悪ければ別だ。お世話になった人へ義理を果たせ」
「辞めないよ。続けるよ……っ」
「仕事があればの話だぞ?」
意地悪そうに笑われた。外を眺めているうちに嗚咽がおさまってきた。カモメが低い位置を飛び始めた後、黒崎から、この下を見るように促された。カッコいい形の遊覧船が走ってきた。宇宙船をイメージしたものだ。
「あの遊覧船はねー。漫画家さんがデザインしたものだよ。悠人が教えてくれたんだ。”シルバー・メタリックの流線形ボディー”。めっちゃカッコいいって。今日はこれを見に来たのかな……。屋上にも上がれるんだって。あ、手を振ってるよ!」
船の屋上には20人ぐらいが立っている。こっちを見上げていた。俺たちのことが見えているのかな?分からないが、手を振り返した。
「お前が泣いているからだ。笑われているぞ」
「さっきと言うことが違うじゃん」
「そろそろ写真を撮ってやる。こっちに立て」
「黒崎さんもだよ。自撮りしようよー。ワガママの発動だよ」
「……」
「……」
「はいはい」
「ヒョーーッ」
本当に言うことを聞いてくれた。スマホを取り出して、お互いの顔を寄せ合った。黒崎にシャッターをお願いした。この角度だ。それだとカモメが写らない。コソコソ言い合ってシャッターボタンを押した。どれもベストショットだった。
ふたたび遊歩道に戻り、残り10分間の散歩をした。ビュンビュン走って行く車、鉄骨の音、軽い揺れ、つなぎ合った手の揺れも感じている。すっかり馴染んだと思ったら、目の前の道に、ゴールという文字が表示された。
「ゴーール!」
「お疲れさま。さあ、欲しいものを買いに行こう」
「黒崎さんのプレゼントは用意してあるよ?」
「お前の分だ。近くで原画展をやっている。限定のグッズが置いてあるんじゃないのか?」
「マジで?誰の?」
「マリー・ルイーズ。好きだろう?」
「うへへ……」
俺としたことがチェックしていなかった。黒崎の肩にすがりついてお礼を言った。さすがにクルクル回ってくれなかった。ゴール地点には沢山の人が居る。
(こんなに大勢いる中でも、黒崎さんのことは見つけられる自信があるよ!)
この言葉は言わないでおく。当たり前のことだからだ。今日の楽しい思い出と一緒に、喧嘩をしながら仲良く手をつないで歩いて来た遊歩道から出た。
「新しいニックネームを名付けられたんだよね?どんなやつ?」
「知らない。俺の前では呼ばないからだ」
「知っているんだよね?」
「知らない。そこに立て。撮ってやる」
「ひゃひゃひゃ。……いたっ」
イジりすぎたようだ。頬をつねられてしまった。笑いながら小突き合っていると、鳥の鳴き声が聞こえてきた。水面を見下ろすと、白とグレーのコントラストが加わっていた。
「カモメの大群だよー」
「懐かしい。覚えているか?あの浜辺のことだ」
「もちろん覚えているよ。ママと再会した帰りに寄った時だね。アクリル樹脂のキーホルダーをかざしたら……、カモメが飛んできたね。30羽ぐらいいたっけ?」
「ああ。きな粉ドーナツで取り囲まれた」
「俺たち、逃げたよねー。ひゃひゃひゃ」
駐車場へ戻った後、車のフロントガラスに、2羽のカモメが止まった。天国に行った拓海さんと、犬のアヤノちゃんからの御使いだ。そういうことにした。あれが高校3年生の10月のことだった。環境の変化の大きさが凄いと思う。
「あれから2年ちょっとだよ。変わったね。仕事も家族も……」
「あれ以上、いいことが起きるとは思わなかった。ここへ戻っても仕方がないぐらいに考えていた。わりと持ち堪えている」
「黒崎さん……」
「ありがとう」
「うん……」
(俺だって言いたいよ。ありがとうって。言えない……)
だんだん視界がボヤけてきたからだ。喉の奥からせりあがってくるものが邪魔している。こんなに穏やかな景色を前にして泣くことはないのに。楽しいデートをしているのに。黒崎から頭を抱き寄せられた。コートの肩が汚れてしまうのに、気にするなと言われた。
「ごめん……」
「今日はいいことで泣いたか」
「たまにはいいだろ……っ」
「そうだな……」
「思い切り泣け。泣けるときには。堪える必要がある時が出てくる」
「黒崎さん……っ」
「これからがスタートだぞ?黒崎製菓グループに入社しなくても、大変な波が来る。もっと大変だろう。ダイレクトに本人へ返ってくる仕事だ」
「うん……」
「いいタイミングの時に辞めてもかまわない。体調が悪ければ別だ。お世話になった人へ義理を果たせ」
「辞めないよ。続けるよ……っ」
「仕事があればの話だぞ?」
意地悪そうに笑われた。外を眺めているうちに嗚咽がおさまってきた。カモメが低い位置を飛び始めた後、黒崎から、この下を見るように促された。カッコいい形の遊覧船が走ってきた。宇宙船をイメージしたものだ。
「あの遊覧船はねー。漫画家さんがデザインしたものだよ。悠人が教えてくれたんだ。”シルバー・メタリックの流線形ボディー”。めっちゃカッコいいって。今日はこれを見に来たのかな……。屋上にも上がれるんだって。あ、手を振ってるよ!」
船の屋上には20人ぐらいが立っている。こっちを見上げていた。俺たちのことが見えているのかな?分からないが、手を振り返した。
「お前が泣いているからだ。笑われているぞ」
「さっきと言うことが違うじゃん」
「そろそろ写真を撮ってやる。こっちに立て」
「黒崎さんもだよ。自撮りしようよー。ワガママの発動だよ」
「……」
「……」
「はいはい」
「ヒョーーッ」
本当に言うことを聞いてくれた。スマホを取り出して、お互いの顔を寄せ合った。黒崎にシャッターをお願いした。この角度だ。それだとカモメが写らない。コソコソ言い合ってシャッターボタンを押した。どれもベストショットだった。
ふたたび遊歩道に戻り、残り10分間の散歩をした。ビュンビュン走って行く車、鉄骨の音、軽い揺れ、つなぎ合った手の揺れも感じている。すっかり馴染んだと思ったら、目の前の道に、ゴールという文字が表示された。
「ゴーール!」
「お疲れさま。さあ、欲しいものを買いに行こう」
「黒崎さんのプレゼントは用意してあるよ?」
「お前の分だ。近くで原画展をやっている。限定のグッズが置いてあるんじゃないのか?」
「マジで?誰の?」
「マリー・ルイーズ。好きだろう?」
「うへへ……」
俺としたことがチェックしていなかった。黒崎の肩にすがりついてお礼を言った。さすがにクルクル回ってくれなかった。ゴール地点には沢山の人が居る。
(こんなに大勢いる中でも、黒崎さんのことは見つけられる自信があるよ!)
この言葉は言わないでおく。当たり前のことだからだ。今日の楽しい思い出と一緒に、喧嘩をしながら仲良く手をつないで歩いて来た遊歩道から出た。
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