白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 14時。

 温泉旅館に到着した。車で2時間半ほど走った場所にある。毎年恒例の温泉旅行だ。ゆっくり休める場所がいいと話し合った結果、ここに来ることにした。しかし、黒崎は気にしている。自分に合わせるなと言いながら。

「たまには賑やかな場所でいいぞ。テーマパーク内のホテルとか、海外でもいい」
「移動時間があるじゃん。飛行機に乗るまでが長いもん。ゆっくり話せないし。せっかくだから、ドイツのクリスマスマーケット旅行に取っておくよ。その時は一週間は休んでね」
「もちろんだ。うちの制度にある。5年に一度は、最長で10日間の休暇が取れる。有給を組み合わせて、旅行に出る社員が多い」
「それを狙おうね。もし副社長になったらどうなるの?」

 副社長は会社員だ。役員を兼任していることがある。今の黒崎の立場は部長との兼任だ。どうなるのだろう?

「今と同じだ。役員にならなければ、労働時間も制限される。もっと楽になる」
「へえー?そうなんだね~。兼任するの?」
「そうなるだろう。つまりはこき使われる人員だ」
「楽にならないじゃん」
「そういうものだ。上手くいかない」

 肩を揺らしながら笑っている。かえって楽しそうに見えるのは、気のせいだろうか?タフな人だ。この話で分かったことがある。それは、黒崎が副社長のポストに進むということだ。今すぐではなくても。

 黒崎の上に立つ人は大変だと聞いた。現在の副社長である深川さんからだ。美味しいお土産を届けてくれた時に話題に出た。あの時のことを思う浮かべた。

(黒崎さんは副社長に進むんですか?)
(現状ではそうならざるを得ない。でも、上に立つ人が嫌がっている。僕は教師役だから、圭一君は一歩引いているだろう。社長のこともだ。相手の方がプレッシャーだ。圭一君が嫌がっているのか?副社長になるのを)
(はい!)
(はっきり言う子だねえ。はははは)
(まだ会社のことが分からないから言えるんです)
(イエス、ノー。いいねえ。うちに欲しいはずだ)
(ハッキリとおっしゃるんですね。まだ勉強中なのに)
(ズケズケと……、はははは)

 黒崎に聞いてみようか?と思ったところで踏みとどまった。黒崎が隣のベッドルームから戻ってきたからだ。

「着替えてきたんだね~」
「ああ。この方がくつろげる。ふう……」 

 黒崎からため息が漏れた。仲居さんから淹れてもらったお茶を飲みながら、くつろいでいる。背の高い座椅子に腰かけて、足を伸ばした。ダラっとして見えるが、他の人からはそう見えないだろう。姿勢が伸びているし、表情もキリッとしている。しかし大きく違うことがある。頬ずえをついてテレビを観ているところだ。

 毎日のように見ているのは俺だけだ。そう思うと顔がニヤけてきた。真夜中の強引さもだ。けっこう悪くないと思っている。珍しかった。

「うひゃひゃひゃー」
「どうした?」
「あんたがダラっとしてるからだよ~。頬ずえついてさ~。俺しか知らないよね?」
「オフィスでもやっている」
「ええええ?」
「やっている。以上だ」
「……」

 なんて素っ気ない言い方なのか。ほんの12時間前の黒崎は、どこに消えたのだろう?色気を放出し、甘く囁かれて、頭の中はカスタードクリームのようだった。

「夏樹……」
「なにー?」
「機嫌が悪いのか」
「そんなことないよ~っ」
「悪いじゃないか。書斎のことを怒っているのか?」
「え?」
「セーブできなかった」
「黒崎さん……」

 胸がキュンとした。テレビを観ている横顔は普段通りだ。そっと肩に腕をまわして抱きついた。首筋に顔を埋めると、また真夜中のことを思い出してしまった。

「うへへ。ひゃひゃひゃー」
「エロガキ」
「そのガキに何をしたんだっけ?誰のものだ?って?黒崎さんのものに……」
「証拠を見せてみろ」
「え?」

 グラっと視界が揺れた。背中には畳があり、肩越しには天井が見えている。隣の洋室スペースには広いベッドがある。俺たちしか居ない空間だ。心拍数が上がって行くのが分かる。

「……‥『今日の見出しから、森井物産……横領、……本社前に報道陣が』……‥」

 テレビからの音声が大きく聞こえる。この部屋は静かだから、お互いの息遣いもよく聞こえる。
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