白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 黒崎の電話が終わった。まずは何か飲めと促された。そして、今日は予定通り泊まっていこうと黒崎から言われた。その間、今回の流れを思い浮かべた。今できることは、悠人がネガティブなことで報道されるのを止めることしか思いつかない。本当に記事にされるかどうかは分からないが、念のための対策が、その可能性があることを指している。

(悠人のことを守りたい。傷つく。俺が経験済だから……)

「夏樹。長谷部さんに連絡しろ」
「黒崎さん……」
「長谷部さんへの連絡が先だ。お前はIKU所属ミュージシャンだ」
「うん」

 電話を鳴らすと出てくれた。対応中で電話を離せないのだろう。本人やバンドメンバーに関係がなくても、格好のネタになる。ディアドロップのTAKAのケースがある。佐久弥まで薬物を疑われた。弁護士を立てて対応したと聞いた。薬物検査の段階で。”疑わしきは調べる”からだ。

「……もしもし。悠人と話したよ。踏ん張ろうとしてる」
「そう……。加藤さんに伝えるわ。IKU側の体制は整ったからね。佐伯さんとのスケジュール調整、関係各所への伝達も完了。あとは夏樹君の身辺を対応しましょう。……遠藤社長のお向かいさんだから、何かあってもすぐに入れる。久田弁護士が駅のそばのホテルで待機しているわ。……黒崎社長の家に泊まった方がいいと思う。あなたの家は門のそばだから、写真を撮られる可能性があるの」
「それってアリ?住居不法侵入じゃないから?」
「いくらでもカメラマンが来るもの。下請けに依頼するからよ」
「何とでもなるんだ……」

 小学生の俺たちを撮ったカメラマンもそうなのだろう。父が弁護士として働きかけても、全く止まらなかった。写真を買い取るという形でやっていたのか。

 あの当時の記憶がよみがえり、カタカタと体が震えはじめた。怒りからだ。”つぶしてやる”と思った。頭の中に怖い自分が登場した。

「自衛するしかないの。黒崎製菓グループの力は大きいから、バックアップが期待できる。あなたはそこの息子さんよ。大丈夫よ!」

 コネはこういう時に活用するものだろう?長谷部さんから諭された。たしかにこういう時は冷静になるべきだ。黒崎のそばに居て知ったし、村山さんからも教わった。感情の使い道を間違えるな。泣いて嘆いてお酒を飲んで、朝起きたら解決しているのか?と。

「少し休みなさい。せっかくの温泉よ。美味しいものを食べておきなさい。けっこう慣れているのよ?ノウハウが確立しているのよーー」
「はい!」
「いい返事ね。黒崎さんに代わって頂戴」
「はい!」

 長谷部さんは気づている。俺が何を考えているのかを。過去のことを思い浮かべている。黒崎が話している間も、自分のことしか頭に浮かばない。悠人のことを考えるべきなのに。自分の記憶なんか吹き飛ぶだろう?大事な人が傷つくのに問題をすり替えてしまう。

 いつの間に電話が終わったのだろう?気がつくと座っていた。黒崎から両肩を押さえられている。いつだったか?同じことをされた。

(晴海さんに殴りかかった時だ。黒崎さんからこうされた……)

「夏樹。こっちを見れるか?」
「うん」
「見ていないぞ。そこから離れろ」
「分かるんだ?」
「分かる。今のお前は”黒崎夏樹” だ。20歳になった。中山夏樹君という12歳の子は、過去に住んでいる。迎えに行くな。呼び寄せるな。妹の万理ちゃんは大学一年生だ。伊吹君は24歳だ。いつも面白くて笑っている」
「うん!」
「今度こそいい返事だ。俺がいるから寂しくないぞ」
「え?」
「自分が口にしたことだろうが。俺にだ。覚えているだろう?」

(黒崎さん。俺がいるから寂しくないよ。たしかにそう言った……)

 だんだん視界がボヤけてきた。今の涙の理由はなんだろう?ホッとしたのか?怖い自分が引っ込んだから?居なくなったと思っていた自分が。ある日、父から暴力を諌められた、あの夜の会話を思い出した。

(……いつか週刊誌の記者に仕返しする。だから力をつけているんだ)
(……暴力でか?)
(……違うよ。体を鍛えているんだ。仕返しをしたいから、勉強を頑張っているんだ。俺がしたいからしてる。褒められたくてじゃないよ。……いつか大きな企業のトップになって、あいつらを言いなりにさせてやる)
(……だったら ”理” で勝て。お前は頭のいい子だ。喧嘩をしなくても、解決方法が分かっているはずだ。大人になればもっと分かるだろう。お父さんが断言する)

 その後、伊吹から部屋に呼ばれた。壁にもたれかかるように並んで座えい、他愛もない話をした。ほとんどが開明高校の話題だ。伊吹が卒業生だからだと思っていた。実は俺に受験を勧めたくて話していたそうだ。
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