白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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9-2(夏樹視点)

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 午前7時。

 朝の日課をやっているところだ。黒崎と2人で肩を寄せ合い、それぞれのパソコンに向かっている。この30分間が効率がよくて、レポート課題の仕上がりが早い。

「ここの指標の意味を教えてよ~」
「どこだ……。ここはな……」
「なるほど。ありがとう。これで完成だ~」
「おつかれさま。これを提出すれば、経済系の単位が取れるのか?」
「うん。これで終わり。あとは一発勝負の法学系の試験があるだけだよ」
「よくやった。これからは楽になるだろう」
「頑張ってよかった~」

 黒崎からは、”ほどほどにしておけ”と言われている。自分だけではコントロールが難しいから、周りの人たちに頼っている。はっきりと指摘されたり、他のことに気を逸らされたりしている。黒崎の場合は臨機応変だ。いきなり頬をつねったり、意地悪を言ったりされている。

「定期試験までは勉強に集中しろ。趣味の時間は後回しだ。レース編みは来月までナシだぞ」
「うん。あれも集中するからなあ。ボーカルレッスンは、今月は一回だけ入れたよ。後は自宅トレーニング。発声練習が身に着いたから……」
「そうか。来月はライスシャワーMAXの収録があるな。親父が見学したいそうだ」
「長谷部さんに伝えておくよ。めずらしいねー?嬉しいよ」
「今まで遠慮をしていたんだろう。落ち着いた頃合いかと言っていたぞ」
「お義父さんが出てくると、ビジネスの場になるって言ってたもんね」
「しかたがない。スポンサー企業だ。その目線で対応される。遠藤さんが同席するならなおさらだ」

 やっとお義父さんが来てくれるから嬉しい。画面越しにしか、ステージを観てもらったことがないからだ。5月のライブは来てくれるそうだ。実家の両親がしつこく誘ってくれた。そうまでしないと来ないからだ。

 家族が収録を見学するのは珍しいことではないそうだ。しかし、ほんの数分しか見れない。こっそりお邪魔をして、ささっと控え室に戻る。家族の晴れ舞台を前にして緊張しながら。そういう感じだと、長谷部さんから教えてもらった。

 しかし、お義父さんはそういう過ごし方にならない。どこへ出かけてもビジネスの話になる。家族の応援としての扱いではなくなる。おじいちゃん扱いをしてくれるのは、近所の洋菓子店とフラワーショップぐらいだ。

「親父が佐伯さんに会いたがっていた。”月にウサギは住んでいません”を気に入ったようだ。インスピレーションのことで聞きたいそうだ」
「伝えておくよ~。気が合いそうだね?」
「ガキの頃には何度も会っている。大きくなったと笑っていたぞ」
「今は32歳になったもんねえ」

 ひょんなところで繋がりがあり、驚きっぱなしだ。この家に住んでいると、いろんなことが起きるから楽しい。

「……占いが始まったよ!」

 朝の情報番組のなかの、星座占いのコーナーが始まった。12匹のネコがスタートラインを切り、ゴールした順に運勢が決まる。黒崎はこの占いだけは信じている。いい結果の時には、いい流れが起こるそうだ。最下位のときは気にしないと言っている。要はヤル気の問題だ。

「わあああーっ。おひつじ座が最下位かも~」
「まだ分からないぞ。……射手座がトップだ」
「やったね!牡羊座は5位だよ。ウンウン。そこそこがいいよ」
「さあ、支度するか……」
「もう仕事モードだね~」

 7時になって黒崎が立ち上った。完全に仕事モードに切り替わった。表情も空気感もピシッとしているからカッコいい。自分も通学の支度を始めた。

「えーーっと。こっちを回してセットする……」

 デビュー後、自分の周辺が落ち着き、IKUの送迎を受けなくなった。今は電車通学に戻った。黒崎からはお義父さんの車で通学しろと言われたけれど、なるべく日常の生活を忘れたくないから断った。その代わりとして、電車通学する日には、小さな装置を身に着けている。大手の警備会社がやっている、緊急通報システムの装置だ。

 ズボンのベルトに装置をセットした。本体自体が小さいから、普通に身動きしても違和感がない。転ぶなどの急な衝撃を受けた時にはブザーが鳴る。それを警備会社のセンターが感知して、センターの担当者から、黒崎の携帯に連絡が入るシステムだ。これは、高精度のGPS付きだ。ログインすればリアルタイムで居場所が分かる。家を出た時刻や、駅に出入りした時間まで表示される。

「転んだらブザーが鳴るんだよね~。黒崎さんへ連絡が行くのか~」

 このシステムを使い始めたのは、2週間前からだ。いきなり渡された時には面くらい、どう返事をしていいのか戸惑った。警備会社の人も来ていたからだ。

「はあ……。おかげで転んでいないよ。外では……」

 庭から出た後、とにかく気をつけて歩いている。鳴り響くと恥ずかしい。

 俺の体のことだけでなく、置かれている環境のせいもある。危ない人が家の周りをウロついているからだ。細かいことは聞いていないし教えられていない。気をつける。それだけしか出来ないからだ。 

 ウエストをねじったりかがんだりして、装置が落ちて来ないことを確認した。駆け足で階段を上がった程度では鳴らない。度合いを判別するそうだ。

「よーーし、完了」
「それには慣れてきたか?」
「まあまあ慣れたよ。怖いもん。あんたのことが」
「そうだ、俺は怖いぞ」

 黒崎が階段から降りてきた。すっかり仕事モードの完全版になっている。ウエスト部分に取り付けた装置に触れている。その指先を、じーっと眺めた。綺麗に爪が切りそろえられている。全身から清潔感があふれているが、頭の中はイヤらしいことで詰まっている。

「撫でるなよ~~っ」
「触っただけだ。もう出るぞ」
「バカヤロウ~」
「叩くな……」

 叩かれても笑っている。マジでイヤらしいことを考えていたようだ。このままだと時間が過ぎてしまう。さっさと玄関から連れ出して、タイミングよく到着したタクシーに押し込んでやった。
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