白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

文字の大きさ
78 / 265

9-1 それぞれの一日(黒崎視点)

しおりを挟む
 1月21日、水曜日。午前6時。
 
 今日はいい天気になりそうだ。まだ夜が明けきっていない庭に降りて、夏樹がネギを収穫している姿を眺めた。トマトには背の高い作物カバーをかぶせて、ネギには網状のものを立てかけてある。ステージに立つという、非日常の生活が始まった後も、なるべく日常を忘れないように努力している姿が愛おしい。

「ほうれん草は上手くできそうか?」
「おかえり。ごみを出しありがとう。そろそろ収穫時だよ。見てよ~」
「ああ、いい色をしている。一昨日よりも育っている」
「そうだねえ。30日で収穫できるぐらいだもん。明後日ぐらいにするよ。こっちの九条ネギはいい感じ。よいしょっと……」

 冬の朝の冷気に触れて、夏樹の頬が紅潮している。吐く息も白い。すると、赤みの強い唇が尖った。どうしたのだろうか?

「ネギが白っぽくなっているんだ。寒さ除けカバーが外れていたから……」
「味は変わらないだろう?」
「うん。美味しそうな匂いだよ。嗅いでみてよ~」
「家の中に入ろう……」
「先に匂いを嗅いでよ~」

(なんて可愛いのか……)

 そっとネギの匂いを嗅いだ後、夏樹の頬に唇を近づけた。甘い匂いがしている。ボディーソープの匂いではないだろう。

「黒崎さーん。入ろうよ~」
「甘い匂いがしているぞ?なにか食べたのか?」
「マフィンの匂いだよ。さっき食べたんだ~」
「朝食の前にはやめておけ。いつも言っているだろう」
「せっかくお義父さんが買ってくれたもん。早く食べたくってさ。一個だけだよ?」
「その分、食事が入らないだろう。こら……、逃げるな」

 夏樹がそそくさと逃げて行った。

 食べる量が増えたが、まだ小食気味だ。今の寒い時期は、食事の回数を増やさせた。保護者丸出しと言われても、体のことを思えばそうなる。

 こっちを振り返りながら、夏樹が早足で逃げて行った。その仕草も可愛らしい。本人は全く自覚していないことだ。放っておけない子だ。

(またこの家が明るくなった……)

 先日の晴海兄さんの話にも頷けた。親父の住む家までが明るくなり、”ドアが軽い” とまで言い出していた。住む人間によって、ここまで違うのか。いや、俺たちが変わったのか?

「夏樹、ゆっくり歩け」
「やだよ~。怖い顔してるじゃん~」
「笑っているだろうが」
「油断したら意地悪するだろーー」

 そう言い返しつつも、夏樹自身が笑っている。右手には九条ネギが握られて、ウサギの耳が付いたニット帽が揺れている。

(ほっとする。帰って来たくなる家だ……)

 この先にはノスタルジックな洋風の家があり、煉瓦造りの小道が見えている。そこの道の脇にはプランターが並び、ハーブが植えられている。玄関のそば立っているのは、ウサギのモニュメントだ。

 色のない昔を思い出していると、夏樹の姿がないことに気づいた。さっきまで前を歩いていたというのに。

「夏樹?どこに居る……」
「ここだよ~」
「どこだ?」
「ここ……。いたた……」

 植え込みのそばで転がっていた。その手前にある小さな溝につまづいた様子だ。恥ずかしそうに笑っている。ネギを持ったままで。この家の重苦しさがなくなるわけだ。そして、ネギは守ったぞと言いながら鼻息を荒くしている。そんなことで威張るなと言い返してやると、唇を尖らせて拗ねた。

「どこか痛いところはないのか?」
「ないよー。つまづいただけだし。植え込みが助けてくれたから」
「この溝の位置を変えさせよう」
「もったいないよ。またリフォームするのはさ~」
「お前が転ぶなら、他の人も同じことだ。業者と相談しておく」

 ガチャ……。

 玄関のドアを開くと、だし巻き卵のいい匂いが漂っきた。すでに機嫌を直していた夏樹が笑っていた。運ぶ手伝いしてねと言いながら。後ろにあるウサギも笑った気がした。この気恥ずかしい思いを、軽く頭を振ることで消しておき、夏樹のことを先に家の中に入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

発情期のタイムリミット

なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。 抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック! 「絶対に赤点は取れない!」 「発情期なんて気合で乗り越える!」 そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。 だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。 「俺に頼れって言ってんのに」 「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」 試験か、発情期か。 ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――! ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。 *一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜

たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...