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9-1 それぞれの一日(黒崎視点)
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1月21日、水曜日。午前6時。
今日はいい天気になりそうだ。まだ夜が明けきっていない庭に降りて、夏樹がネギを収穫している姿を眺めた。トマトには背の高い作物カバーをかぶせて、ネギには網状のものを立てかけてある。ステージに立つという、非日常の生活が始まった後も、なるべく日常を忘れないように努力している姿が愛おしい。
「ほうれん草は上手くできそうか?」
「おかえり。ごみを出しありがとう。そろそろ収穫時だよ。見てよ~」
「ああ、いい色をしている。一昨日よりも育っている」
「そうだねえ。30日で収穫できるぐらいだもん。明後日ぐらいにするよ。こっちの九条ネギはいい感じ。よいしょっと……」
冬の朝の冷気に触れて、夏樹の頬が紅潮している。吐く息も白い。すると、赤みの強い唇が尖った。どうしたのだろうか?
「ネギが白っぽくなっているんだ。寒さ除けカバーが外れていたから……」
「味は変わらないだろう?」
「うん。美味しそうな匂いだよ。嗅いでみてよ~」
「家の中に入ろう……」
「先に匂いを嗅いでよ~」
(なんて可愛いのか……)
そっとネギの匂いを嗅いだ後、夏樹の頬に唇を近づけた。甘い匂いがしている。ボディーソープの匂いではないだろう。
「黒崎さーん。入ろうよ~」
「甘い匂いがしているぞ?なにか食べたのか?」
「マフィンの匂いだよ。さっき食べたんだ~」
「朝食の前にはやめておけ。いつも言っているだろう」
「せっかくお義父さんが買ってくれたもん。早く食べたくってさ。一個だけだよ?」
「その分、食事が入らないだろう。こら……、逃げるな」
夏樹がそそくさと逃げて行った。
食べる量が増えたが、まだ小食気味だ。今の寒い時期は、食事の回数を増やさせた。保護者丸出しと言われても、体のことを思えばそうなる。
こっちを振り返りながら、夏樹が早足で逃げて行った。その仕草も可愛らしい。本人は全く自覚していないことだ。放っておけない子だ。
(またこの家が明るくなった……)
先日の晴海兄さんの話にも頷けた。親父の住む家までが明るくなり、”ドアが軽い” とまで言い出していた。住む人間によって、ここまで違うのか。いや、俺たちが変わったのか?
「夏樹、ゆっくり歩け」
「やだよ~。怖い顔してるじゃん~」
「笑っているだろうが」
「油断したら意地悪するだろーー」
そう言い返しつつも、夏樹自身が笑っている。右手には九条ネギが握られて、ウサギの耳が付いたニット帽が揺れている。
(ほっとする。帰って来たくなる家だ……)
この先にはノスタルジックな洋風の家があり、煉瓦造りの小道が見えている。そこの道の脇にはプランターが並び、ハーブが植えられている。玄関のそば立っているのは、ウサギのモニュメントだ。
色のない昔を思い出していると、夏樹の姿がないことに気づいた。さっきまで前を歩いていたというのに。
「夏樹?どこに居る……」
「ここだよ~」
「どこだ?」
「ここ……。いたた……」
植え込みのそばで転がっていた。その手前にある小さな溝につまづいた様子だ。恥ずかしそうに笑っている。ネギを持ったままで。この家の重苦しさがなくなるわけだ。そして、ネギは守ったぞと言いながら鼻息を荒くしている。そんなことで威張るなと言い返してやると、唇を尖らせて拗ねた。
「どこか痛いところはないのか?」
「ないよー。つまづいただけだし。植え込みが助けてくれたから」
「この溝の位置を変えさせよう」
「もったいないよ。またリフォームするのはさ~」
「お前が転ぶなら、他の人も同じことだ。業者と相談しておく」
ガチャ……。
玄関のドアを開くと、だし巻き卵のいい匂いが漂っきた。すでに機嫌を直していた夏樹が笑っていた。運ぶ手伝いしてねと言いながら。後ろにあるウサギも笑った気がした。この気恥ずかしい思いを、軽く頭を振ることで消しておき、夏樹のことを先に家の中に入れた。
今日はいい天気になりそうだ。まだ夜が明けきっていない庭に降りて、夏樹がネギを収穫している姿を眺めた。トマトには背の高い作物カバーをかぶせて、ネギには網状のものを立てかけてある。ステージに立つという、非日常の生活が始まった後も、なるべく日常を忘れないように努力している姿が愛おしい。
「ほうれん草は上手くできそうか?」
「おかえり。ごみを出しありがとう。そろそろ収穫時だよ。見てよ~」
「ああ、いい色をしている。一昨日よりも育っている」
「そうだねえ。30日で収穫できるぐらいだもん。明後日ぐらいにするよ。こっちの九条ネギはいい感じ。よいしょっと……」
冬の朝の冷気に触れて、夏樹の頬が紅潮している。吐く息も白い。すると、赤みの強い唇が尖った。どうしたのだろうか?
「ネギが白っぽくなっているんだ。寒さ除けカバーが外れていたから……」
「味は変わらないだろう?」
「うん。美味しそうな匂いだよ。嗅いでみてよ~」
「家の中に入ろう……」
「先に匂いを嗅いでよ~」
(なんて可愛いのか……)
そっとネギの匂いを嗅いだ後、夏樹の頬に唇を近づけた。甘い匂いがしている。ボディーソープの匂いではないだろう。
「黒崎さーん。入ろうよ~」
「甘い匂いがしているぞ?なにか食べたのか?」
「マフィンの匂いだよ。さっき食べたんだ~」
「朝食の前にはやめておけ。いつも言っているだろう」
「せっかくお義父さんが買ってくれたもん。早く食べたくってさ。一個だけだよ?」
「その分、食事が入らないだろう。こら……、逃げるな」
夏樹がそそくさと逃げて行った。
食べる量が増えたが、まだ小食気味だ。今の寒い時期は、食事の回数を増やさせた。保護者丸出しと言われても、体のことを思えばそうなる。
こっちを振り返りながら、夏樹が早足で逃げて行った。その仕草も可愛らしい。本人は全く自覚していないことだ。放っておけない子だ。
(またこの家が明るくなった……)
先日の晴海兄さんの話にも頷けた。親父の住む家までが明るくなり、”ドアが軽い” とまで言い出していた。住む人間によって、ここまで違うのか。いや、俺たちが変わったのか?
「夏樹、ゆっくり歩け」
「やだよ~。怖い顔してるじゃん~」
「笑っているだろうが」
「油断したら意地悪するだろーー」
そう言い返しつつも、夏樹自身が笑っている。右手には九条ネギが握られて、ウサギの耳が付いたニット帽が揺れている。
(ほっとする。帰って来たくなる家だ……)
この先にはノスタルジックな洋風の家があり、煉瓦造りの小道が見えている。そこの道の脇にはプランターが並び、ハーブが植えられている。玄関のそば立っているのは、ウサギのモニュメントだ。
色のない昔を思い出していると、夏樹の姿がないことに気づいた。さっきまで前を歩いていたというのに。
「夏樹?どこに居る……」
「ここだよ~」
「どこだ?」
「ここ……。いたた……」
植え込みのそばで転がっていた。その手前にある小さな溝につまづいた様子だ。恥ずかしそうに笑っている。ネギを持ったままで。この家の重苦しさがなくなるわけだ。そして、ネギは守ったぞと言いながら鼻息を荒くしている。そんなことで威張るなと言い返してやると、唇を尖らせて拗ねた。
「どこか痛いところはないのか?」
「ないよー。つまづいただけだし。植え込みが助けてくれたから」
「この溝の位置を変えさせよう」
「もったいないよ。またリフォームするのはさ~」
「お前が転ぶなら、他の人も同じことだ。業者と相談しておく」
ガチャ……。
玄関のドアを開くと、だし巻き卵のいい匂いが漂っきた。すでに機嫌を直していた夏樹が笑っていた。運ぶ手伝いしてねと言いながら。後ろにあるウサギも笑った気がした。この気恥ずかしい思いを、軽く頭を振ることで消しておき、夏樹のことを先に家の中に入れた。
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