白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 14時。

 本来なら3時限目の授業を受けている頃だ。それなのに、学食で怖い人のことを待っている。その黒崎が早瀬さんと一緒に大学に到着し、教務課へ出向いて行った。

 黒崎との電話の後すぐに、SAAL警備会社の人がやって来た。黒崎が大学に連絡してあったから、騒ぎにならずに済んだ。今後も続けることを、教務課さんに話しておくそうだ。黒崎の迎えがるまで、悠人と早瀬さんが付き添って待ってくれている。甘い空気を漂わせながら。2人の会話に聞き耳を立てた。

「裕理さーん。そんなに心配しないでよ」
「今晩はオムレツを焼いてあげる。どのソースがいい?」
「和風キノコソースがいい。トマトソースもいいなあー」
「二つ作ってあげようか?半分ずつ分ければいい」
「ほんとにー?」
「本当だ。……今日はカボチャサラダを食べたのか。他には何がいい?」
「ジャガイモのグラタンが食べたい。煮込みハンバーグも」
「重めのものが多いぞ。仕方のない子だな」
「もう……。風邪がうつるよー?」
「モウモウ言うのか?ヤギさんになってごらん?」
「メエメエー」
「ゆうとー。可愛い」
「裕理さん。大好き!んん……」
「ヒョーーー……」

 そばのカップルの熱気に当てられた。俺たちも甘くしようよ。今日はそんなやり取りが出来るわけがない。あの電話の黒崎は恐ろしかった。乱暴ではないが、威圧感の塊だった。

「うっうっ。せっかく、女の子からカッコいいって言われたのに……」

 板割りの成功のおかげで、女の子から悲鳴が上がった。恥ずかしくて堪らなかったが、念願かなって嬉しかった。それだけのことでも、俺にとっては貴重な体験だった。

「裕理さーん。このカフェオレは美味しいよー」
「飲ませてくれ」
「風邪がうつるよーー?」
「キミの風邪なら大歓迎だ」
「裕理さん。バカーーー」
「バレたか。もっとバカになってもいいか?」
「もう……」
「メエメエ、モウモウ」
「もうーーー」
「ヒョーーー……」

 今はこの甘さが心地いい。テーブルに突っ伏していると、絵理奈ちゃんからお菓子を差し入れされた。元気出しなよ、一緒に話してあげようか?と。力なく首を振っていると、周りからざわめきが起きた。キャーッと悲鳴があがった。俺にとっても悲鳴を上げたくなる人物が来たに違いない。

「きたきた……。恐ろしいよ~」

 ゆっくり顔を上げると、予想どおりに黒崎が歩いてきた。怒っているかと思っていたのに、その表情は反対だった。心配そうにしながらも笑っていた。優しい笑顔を浮かべていると分かった。迎えに行こうとすると、座っていろと手を振られた。

「夏樹。おまたせ」
「心配かけてごめんね!つい忘れていて。あ……」

 最後まで話すことが出来なかった。こんなに大勢の前で抱き寄せられるなんて。ビックリしすぎて何も言えないでいると、黒崎から頭を撫でられながら笑われた。

「もう怒っていない。強く言っていないはずだ」
「うん……。ごめんね……」
「泣くな。俺は怖い顔をしてないぞ?」
「え?泣いて……うっ、ひっく……」

 せっかく怒られていないのに。泣き真似すらしなくて済んだのに。どんどん視界がぼやけてきて、ぽたぽたと涙が頬を伝って落ちていった。

「ずぶ濡れになる。せっかく見つけたパーカーだぞ?」
「うん……。買ったばかりだよ……っ」
「はいはい、分かった……」

 スーツからハンカチを取り出し、ポンポンと涙をふき取ってくれた。その仕草までが優しいから、別の意味で涙が溢れてきた。せめて泣き顔を隠しておきたいから、黒崎の肩に顔を埋めた。

 泣いている顔を隠したのに、堪えていた嗚咽が大きくなった。自分ではどうすることもできない。マジで大泣きになりそうだ。恥ずかしいのに。

「……っ」
「どこも痛くないだろう。初めてのことだからな。驚いたのか?」
「かなり焦ったんだ……っ」
「そうだろう。板割りをするとは想定外だ。お互いにだ。すまなかった。俺の方も焦っていた。つい叱りすぎた」
「黒崎さん……っ。そんなに強くは……」
「だったら泣いている理由は何だ?」
「キャーキャー言われて……る。ぐろざぎさん……」
「気のせいだ。泣き止んだら帰ろう」

 周りから悲鳴を上げられても、全く動じている風がない。そんな人が、俺のことでは慌てていた。いつもそうだ。それを改めて知ったから嬉しかったし、そこまで心配をかけたことを思い知らされた。いろんな意味で泣いている。

 コト……。

 テーブルの前へ、新しいホットカフェオレが置かれた。顔を上げると悠人が笑っていた。それを飲んで落ち着けよと笑われた。

 嗚咽を漏らしながら飲み始めたものだから、盛大にむせ返った。それでも笑い声は聞こえず、周りにいる誰もかれもが、こっちを見ないふりをしてくれていた。
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