90 / 265
10-5
しおりを挟む
23時。
寝室のベットに寝転がって、今日のことを振り返った。一時間前に、お義父さんの家から戻ってきた。さすがにこの時間は記者はいなかった。黒崎が対面して断ったからだろう。あの後の長谷部さんからの連絡では、バンドのスケジュールのみ聞かされた。
「はあ……。いけない。ぐーーっと……」
また猫背になりそうだ。背筋を伸ばして深呼吸をした。たしかに息が吸いやすいし、前向きな気持ちになれた。わずかなものでも、今の自分にとっては大きなものだ。
黒崎は書斎で資料を読んでいる。俺のいないところで泣くな。そう言っていた。自分も何かしたい。大学は4月まで休みだから、レポート課題も試験もない。他のことをやろう。
「俺の前で泣けって。愛されているな~。何がいいかなあ。あ、そうだ。今のうちに……」
なにかと世話になっているノートがある。村山先生から教わったことが詰まっている。経営者側としての危機管理や、その考え方のレクチャーだ。その中には、ホッとすることも書いてある。
「……自分を信じられるようになれ。悪口を言わないこと。余計なことを言わない。それが信用される一歩……。いいこともあれば悪いこともある。うーん。黒崎さんがやっていることだなあ……」
黒崎は余計なことを口にしない。家の中でも、仕事相手の悪口を聞いたことがない。せいぜい、お義父さんのことを ”クソ親父”、深川さんを ”タヌキ親父" と言っている程度だ。子供の頃から身に着けたのだろう。お義父さんも同じだと思う。会話がなくても似ている。
「そっくりだもんねえ。えーっと。メディアからの取材のケースは……」
記者からの質問の答え方だ。勉強しても実践が難しい。数をこなせるほどの問題は起きない方がいい。黒崎に任せるのがベストでも、今回の道すじだけは覚えたい。
「シンプルに。メディアは感情的になる。不祥事や事故のケースは。ゴシップも同じだったな……」
メモ付箋を取りに行こうと立ち上った。ふっと影が出来たから見上げると、黒崎が立っていた。全く気付かなかった。さらにカーディガンを羽織らされた。冷えているぞと苦笑しながら。
「眠れないのか?」
「それもあるよ。あんたが前倒しで仕事しているから、俺も何かしたい。このノートはね。村山授業の分だよ。メディア対応のコツ、前向きなキーワードが入っているんだ。読み返していたよ」
「そうか。見せてくれ……」
どんな授業なのかは詳しく話していない。こんな話だよという、大まかなものだ。黒崎の方も聞いてこない。教師役がいるのは有難いとだけ言っていた。
「さすがに詳しい。これは内情を知っているぞ。踏み込んでいる」
「……どこどこ?週刊誌のスケジュール表だねえ。これを教えてくれた時ね……」
「その他にある。探してみろ」
「どれだろ?どれもなあ……。初めて知るやつだったし……」
同じノートを眺めているから、肩同士が触れあっている。温かいから気持ちがいい。黒崎の匂いも感じられるから、一人で読んでいる時よりも気分的に違う。不思議と猫背にならない。
(黒崎さんにベッタリしているってことかな……)
「記事を出せない時は、デスクさんの方でストップがかかるんだって。……これは困った。記事がない。入稿まで間もない。だから変な記事を出すんだよ。女性物の下着だけを身に着けて、近所をウロついた人がいるとかさ。早朝のゴミ出し時間にって……。どこにでもいるだろ?」
「中山のお母さんが話してくれたな。近所の人だったそうだな」
「お母さんも見たんだよ。大きな記事になったから呆れていたよ。他にネタがなかったのかなー?って。勤務先の上層部が会見を開いて、社内研修を深めてまいりますって言っていたよ」
「誰もが思うことだ。それでも読みたくなるものだ」
「これも経済が回ってる一部だし、大事な記事もあるもんね。ゴシップは売れるから……」
記者の取材、謝るタイミング、その方法。黒崎も知っていることが多いから、ポイントで教えてくれた。
「大丈夫だ。俺がいる」
「うへへ。頼りになるね」
「親父はもっと頼りになる。話してやってくれ。モヤモヤしている気持ちを」
「話してるよ?けっこう」
「俺とは違うものだ。こういう時は、思い切り頼ってもらいたがっている」
「うん……」
またひとつ、黒崎の変化を発見した。俺だけに頼れと口にしていたのに、俺の背中を押してくれている。忘れるなという言葉を添えて。
黒崎は、自分の気持ちを相手に伝えるのが苦手な人だ。それは俺も同じだった。両方が上手な状況よりも、デコボコしている方が面白いと思う。
ノートに視線を落としながらも、黒崎が背中を撫でてくれている。この手の温かさが、心まで温めてくれた。もっと近づきいて体温を感じたい。いつものように甘えたい。ぎゅっと抱きついて、黒崎の頬にキスをした。
「黒崎さーん」
「どうした?」
「好きだよ」
「……」
「何を照れているんだよ?んん……」
「……」
告白のお返しにキスをもらった。かるく啄むものから、深いものに変わった。唇を重ねては、お互いの気持ちを伝えあう。そういうキスを交わした。
「これで何回目のキス?」
「さすがに覚えていない」
「思い出に残っているものは?俺はねえ。あんたから告白された3日後の、やり直しのキスだよ。教会で結婚式をしたときの、誓いのキスも」
「俺にとってはどれも大事だ」
「覚えていなんだろ~?今まで何回キスしたっけー?インパクトに残っているものはー?」
「さすがに数えていない。印象に残っているのは、沙耶からのやり直しのキスの上書き。初めて乗った観覧車の中。教会でのキス。ありすぎて他は忘れた」
「俺はどんなキスだって忘れないよ。忘れたいやつでもね?」
「忘れたいものは?」
「色々ありすぎて、思い出すのが面倒だよ~」
噛み付くようにキスをした。その後、俺たちの間では言葉は必要なかった。
寝室のベットに寝転がって、今日のことを振り返った。一時間前に、お義父さんの家から戻ってきた。さすがにこの時間は記者はいなかった。黒崎が対面して断ったからだろう。あの後の長谷部さんからの連絡では、バンドのスケジュールのみ聞かされた。
「はあ……。いけない。ぐーーっと……」
また猫背になりそうだ。背筋を伸ばして深呼吸をした。たしかに息が吸いやすいし、前向きな気持ちになれた。わずかなものでも、今の自分にとっては大きなものだ。
黒崎は書斎で資料を読んでいる。俺のいないところで泣くな。そう言っていた。自分も何かしたい。大学は4月まで休みだから、レポート課題も試験もない。他のことをやろう。
「俺の前で泣けって。愛されているな~。何がいいかなあ。あ、そうだ。今のうちに……」
なにかと世話になっているノートがある。村山先生から教わったことが詰まっている。経営者側としての危機管理や、その考え方のレクチャーだ。その中には、ホッとすることも書いてある。
「……自分を信じられるようになれ。悪口を言わないこと。余計なことを言わない。それが信用される一歩……。いいこともあれば悪いこともある。うーん。黒崎さんがやっていることだなあ……」
黒崎は余計なことを口にしない。家の中でも、仕事相手の悪口を聞いたことがない。せいぜい、お義父さんのことを ”クソ親父”、深川さんを ”タヌキ親父" と言っている程度だ。子供の頃から身に着けたのだろう。お義父さんも同じだと思う。会話がなくても似ている。
「そっくりだもんねえ。えーっと。メディアからの取材のケースは……」
記者からの質問の答え方だ。勉強しても実践が難しい。数をこなせるほどの問題は起きない方がいい。黒崎に任せるのがベストでも、今回の道すじだけは覚えたい。
「シンプルに。メディアは感情的になる。不祥事や事故のケースは。ゴシップも同じだったな……」
メモ付箋を取りに行こうと立ち上った。ふっと影が出来たから見上げると、黒崎が立っていた。全く気付かなかった。さらにカーディガンを羽織らされた。冷えているぞと苦笑しながら。
「眠れないのか?」
「それもあるよ。あんたが前倒しで仕事しているから、俺も何かしたい。このノートはね。村山授業の分だよ。メディア対応のコツ、前向きなキーワードが入っているんだ。読み返していたよ」
「そうか。見せてくれ……」
どんな授業なのかは詳しく話していない。こんな話だよという、大まかなものだ。黒崎の方も聞いてこない。教師役がいるのは有難いとだけ言っていた。
「さすがに詳しい。これは内情を知っているぞ。踏み込んでいる」
「……どこどこ?週刊誌のスケジュール表だねえ。これを教えてくれた時ね……」
「その他にある。探してみろ」
「どれだろ?どれもなあ……。初めて知るやつだったし……」
同じノートを眺めているから、肩同士が触れあっている。温かいから気持ちがいい。黒崎の匂いも感じられるから、一人で読んでいる時よりも気分的に違う。不思議と猫背にならない。
(黒崎さんにベッタリしているってことかな……)
「記事を出せない時は、デスクさんの方でストップがかかるんだって。……これは困った。記事がない。入稿まで間もない。だから変な記事を出すんだよ。女性物の下着だけを身に着けて、近所をウロついた人がいるとかさ。早朝のゴミ出し時間にって……。どこにでもいるだろ?」
「中山のお母さんが話してくれたな。近所の人だったそうだな」
「お母さんも見たんだよ。大きな記事になったから呆れていたよ。他にネタがなかったのかなー?って。勤務先の上層部が会見を開いて、社内研修を深めてまいりますって言っていたよ」
「誰もが思うことだ。それでも読みたくなるものだ」
「これも経済が回ってる一部だし、大事な記事もあるもんね。ゴシップは売れるから……」
記者の取材、謝るタイミング、その方法。黒崎も知っていることが多いから、ポイントで教えてくれた。
「大丈夫だ。俺がいる」
「うへへ。頼りになるね」
「親父はもっと頼りになる。話してやってくれ。モヤモヤしている気持ちを」
「話してるよ?けっこう」
「俺とは違うものだ。こういう時は、思い切り頼ってもらいたがっている」
「うん……」
またひとつ、黒崎の変化を発見した。俺だけに頼れと口にしていたのに、俺の背中を押してくれている。忘れるなという言葉を添えて。
黒崎は、自分の気持ちを相手に伝えるのが苦手な人だ。それは俺も同じだった。両方が上手な状況よりも、デコボコしている方が面白いと思う。
ノートに視線を落としながらも、黒崎が背中を撫でてくれている。この手の温かさが、心まで温めてくれた。もっと近づきいて体温を感じたい。いつものように甘えたい。ぎゅっと抱きついて、黒崎の頬にキスをした。
「黒崎さーん」
「どうした?」
「好きだよ」
「……」
「何を照れているんだよ?んん……」
「……」
告白のお返しにキスをもらった。かるく啄むものから、深いものに変わった。唇を重ねては、お互いの気持ちを伝えあう。そういうキスを交わした。
「これで何回目のキス?」
「さすがに覚えていない」
「思い出に残っているものは?俺はねえ。あんたから告白された3日後の、やり直しのキスだよ。教会で結婚式をしたときの、誓いのキスも」
「俺にとってはどれも大事だ」
「覚えていなんだろ~?今まで何回キスしたっけー?インパクトに残っているものはー?」
「さすがに数えていない。印象に残っているのは、沙耶からのやり直しのキスの上書き。初めて乗った観覧車の中。教会でのキス。ありすぎて他は忘れた」
「俺はどんなキスだって忘れないよ。忘れたいやつでもね?」
「忘れたいものは?」
「色々ありすぎて、思い出すのが面倒だよ~」
噛み付くようにキスをした。その後、俺たちの間では言葉は必要なかった。
0
あなたにおすすめの小説
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
発情期のタイムリミット
なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。
抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック!
「絶対に赤点は取れない!」
「発情期なんて気合で乗り越える!」
そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。
だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。
「俺に頼れって言ってんのに」
「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」
試験か、発情期か。
ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――!
ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。
*一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる