白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 午前11時半。

 悠人の荷物を遠藤さんの家に運び終え、まずは休憩した。いつもよりずっと賑やかな時間を迎えた。佐久弥も急いで駆け付けてくれたからだ。蔵之介さんは仕事だからと、佐伯家のお母さんの運転で来てくれた。

 ”うちの母ちゃんは勇ましい人だから、もしも厄介な記者がいても、すっ飛んで逃げていくはずだったのに”と、佐久弥が笑いながら言った。ディアドロップのメンバーの薬物事件一回目の時に、経験したそうだ。

「ぎゃははは。おかげで予定よりも早く家に帰れた。すごいぞ。仕事もスムーズになった。うちの子を苛めるなって、母ちゃんが怒って走ってきたら、無意識のうちに一歩引く。なによりも、頑張ってきた20代の男に同情するってことだ。自分の新入社員時代に重ねたはずだ」

 庭を散歩している。黒崎と俺と早瀬さんと悠人と佐久弥との5人だ。一瞬訪れた静寂を破ったのは、お馴染みのフレーズだ。悠人が溝に片足を突っ込んでしまった。買ったばかりの革のブーツがずぶ濡れだ。

「げえええっ」
「拭き取ればいいよ。ちょっと待っててね~」

 園芸道具を入れてある物置がある。扉を開いてタオルを取り出した。ブーツの濡れた部分を拭き取ると、光沢が戻った。仕上げ磨きをしようとすると、悠人がオロオロし始めた。

「自分でするよ。はーい。え?あれ?ひいいいっ、引っかかったー」
「ああー、ナツツバキの……」

 悠人のコートのフードが、葉っぱに引っかかっている。それを早瀬さんが取り除いた。すると今度は、前のめりで転がりそうになった。それを佐久弥がイジッた。

「ゆうとくーん。通常運転だなー?」
「もう……」
「きいいいいっって言わないのか?」
「大人になったんだ」

 悠人が鼻で笑ってスルーした。さらにちょっかいを掛けられて、きいいいいっと怒り出した。もちろん俺たちは笑いまくった。

 そこへ、黒崎から肩を引かれて、ナツツバキの前に促された。まだ気温が低いから、全体に霜が残っている。日が当たっている葉っぱの霜が雫に変わり、太陽の光に反射して、小さな虹が現れた。

(太陽の光に反射するプリズムのようだ。まるで可視光線だ、か……)

 みんながディアドロップを名前のことを思い出して話し始めた。すると、佐久弥が俺の前に立った。

「夏樹。ここで話をしたい。頼み事だ!」
「どうしたの?」

 悠人も同じように立った。そして、俺のことを見つめて、2人が声をそろえた。

「一緒に……、Dear Dropsをやってほしい」
「お願い!俺の曲を歌ってよ!」
「ふたりとも……」

 俺の答えは決まっている。いや、まだ迷っていたのか。今の瞬間で霧が晴れた。ここには黒崎というパートナーが存在する。泣いて落ち込んでも、寄り添う相手がいる。もちろん仲間たちも。これから先に出会う人も。

 俺の中の一番の存在は ”黒崎圭一” だ。どういう答えを出すだろう?自分の意思が大事でも、パートナーの意見を聞きたい。それが俺たちの形だ。

「黒崎さん。俺はやりたい!」
「踏ん張っていけ」
「うん!」

 黒崎が笑った。そして、俺は悠人と佐久弥の手を取った。

「……よろしくお願いします」
「なつきーーーっ」

 ダイブするように悠人が抱きついて、お礼を言った。そして、その背中に両腕を回して抱きしめた。悠人が涙ぐんでいる。こっちまで涙が出てきた。その涙をタオルで拭いてくれたのは黒崎だ。ブーツを拭いたタオルだ。こういう面も変化した。もっと前ならあり得ないことだ。

「黒崎さーん。俺に対する扱いが雑になったね……」
「信頼している。そういうものだ」
「ふふん。愛されているね……」
「……否定はしない」
「ひゃひゃひゃー。え?わあ~~っ」

 悠人から背中を押されたからヨロけてしまい、黒崎の胸にすがりついた。そのまま晴れ渡った空を見上げて、夏椿の天使のフレーズを呟いた。

「……我らに罪を……我らが赦すがごとく……、俺のことも許してください……」
 
 また同じように空を見上げると、うっすらと昼間の月が見えていた。何年か先の自分の姿を脳裏に浮かべて、自分自身に約束した。ああいう事態でも、心から笑って記者に対応できる日を迎えることを。

 昔の恨みを手放せたのだろうか?その答えのようなことが起きた。夏椿の背の高い葉っぱが風に揺れて、そこの霜が雨の雫になって、何度も降ってきたからだ。俺の方だけに。自然と起きた笑い声が風に乗って、庭の中に広がっていった。
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