白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 午前6時。

 本館のエントランスを出ると、外はまだ薄暗かった。たくさんの照明があるから足元が見えるのに、黒崎から肩を抱かれた。その先は見えづらいはずだと言いながら。ちっとも寒くないのに、マフラーを強引に巻かれてしまった。

 俺たちの目的地は教会だ。心臓の検診に来るたびに立ち寄っている。牧師さんとも顔なじみになった。午前8時から礼拝が始まる。まだ2時間も先だ。

 教会へ続く小道を抜けた。その先に大きな建物が見えてきた。途中には大きな屋根の下にベンチがあり、2人連れがノンビリしていた。朝の散歩に訪れているようだ。朝の6時には開放されている。ここを訪れて祈るのが、毎日の習慣になっている人がいるからだ。

「寒いねえ。もう少しで日の出だね」
「それまでベンチに座っているか?いや、向こうが温かいか」
「うん。入ろうよ。ああー、開いている」

 ガタ……。

 大きな扉から入ると、3階までの高さの吹きぬけ天井に迎えられた。シンプルな内装の先には、大きなパイプオルガンがある。

 長い月日が経ったことで、深いあめ色に変わった木の椅子に腰かけて、ステンドグラスを見上げた。ほんのり灯りがともされているから、昼間とはイメージが違う。そっと寄り添って眺めた。言葉を交わさなくても、何か伝わっている。すると、黒崎が言った。

「オルガンを弾いてみたい」
「頼んでみようか。牧師さんだ。おはようございます」
「おはようございます。今朝は早いですね?」
「はい。兄が入院したので見舞いに来ました」
「それはそれは……」

 お馴染みの三河牧師から声をかけられた。シンと静まり返ったホール内では、俺たちの話し声が響いている。最近のことを話し始めて、音楽活動の話題に移った。

「夏樹君に歌ってもらいたい。機会があれば」
「今でもいいですか?ここで歌ってみたかったんです」
「ありがとうございます」
「さっそくいきます!」
「ははは」

 ここで讃美歌を歌いたかった。さっそくポジショニングを行った。どちらを向こうかと迷った結果、今回は祈りをささげる位置にした。目の前にはステンドグラスがある。まだよく色味が見えないが、もう少しすれば、差し込んできた朝の光を受けて輝くだろう。

 一曲だけ讃美歌を歌った後、静かな拍手が起こった。聴衆は2人だと思っていたのに。数人分聞こえてきたから振り向くと、お義父さんと晴海さんが座っていた。外にいた2人連れもいた。

「アンコールだそうだ」
「黒崎さん。ここは教会だよ~」
「よろしかったら……」

 三河牧師から2曲目を頼まれた。そして、拍手が送られた。何を歌おうかと迷っていると、黒崎からリクエストをもらった。年明けの収録で歌った ”心のドア” だ。

「今日に合っている楽曲だな」
「どうして?」
「親父のドアが開いたからだ」
「そう言えばそうだね」

 今度はみんなの方を向いた。そばには黒崎がいる。すっと背すじを伸ばしながら息を吐いた。そして、足元に力を入れて抜いて、発声の呼吸を整えた。この楽曲のときは、喉の位置を高くクリアーにイメージして、ノンビブラートで歌う。俺の元からのスタイルだ。深みのある声を少し歪ませて、ビブラート交じりという歌唱法は、まだできない。もっと練習を積んでいく。そして、生まれながらの、ありのままの歌声をあげた。

「……遠く離れていても、近くても……心のドアを開けた……夢の中では笑っている……だから泣かないで……あなたのままでいて……」

 最後のフレーズを歌い上げると、すっと天井に吸い込まれる感覚があった。静まり返った空間の空気が変わった。朝日がステンドグラスに差し込んできたことで、この教会内が、彩りあるカラーに染めあげられた。 

 パチパチパチ!

「あれ……?」

 いつの間にか観客が増えていた。それぞれの人に向けて、ステンドグラスからの光で、赤や白、青や緑などのカラーが差し込まれていた。まるで可視光線のようだ。笑顔を浮かべた人がいるし、懐かしんでいる表情の人もいる。ここには様々な表情がある。まるで、プリズムから発せられる虹のようだとも思った。

「ありがとうございました!」

 お辞儀をすると、さらに沢山の拍手が送られた。歌って良かった。心からそう思った。
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