白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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12-1 新しい日々

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 3月30日、土曜日。午前6時。

 朝ご飯の支度をしているところだ。キッチンからの匂いが食欲を誘った。一日のスタートだ。普段は週の半分を和食にしている。今朝はパンを使った簡単なものにした。一貴さんが退院するから迎えに行くからだ。退屈で堪らないと言っていたから、早めの時間に行くことにした。

「よーし。プレーンオムレツが完成したよ~。黒崎さーん。バターをぬってね」

 小さな二人分のオムレツのできありだ。作り置きのポトフと、温野菜サラダも用意できた。

 カタカタ……。

 黒崎が食パンにバターを塗っている姿を眺めた。すっかり板についてきた。しかし、カウンターにバターの欠片が落ちている。手先が器用なのに、なぜか家事は苦手だ。そして、保存容器も落ちそうになった。

「……わあーー。落ちる!」

 さっと保存容器をキャッチした。黒崎は全く気づいていない。ここまでどっしりと構えている姿に、毎度のことながら恐れ入っている。あえて教えずにおこう。さっさとテーブルにトーストを運んだ。

「食べようね~。いただきます。退院までの二週間、あっという間だったね」
「そうだな。親父が急いで支度していた。ほぼ人頼みだが」
「そりゃあ忙しいもん。もう無理はきかないよ。……笑ってるじゃん。嬉しいだろー?お義父さんが喜んでいるから」
「一貴は気が利く。ちょうどよかった。誰かいた方がいい」
「うん。このまま暮らしてくれないかな。会社まで遠くないって聞いたし。気を遣うかな?」
「大丈夫だろう。親父は忙しいし、一貴も部屋で仕事をする。顔を突き合わせない」

 一貴さんはくるぶしの骨折をした。頭を打っていたら、どうなっていたことか。想像するだけでも胸が痛い。きっと疲れていたのだろう。決まった曜日に休みがなくて、連日の会食続きの生活を送っていた。まるで黒崎ホールディングス時代の黒崎のようだ。

(寂しいのが堪えたと思う。平気なふりをしてるだけだよ……)

 黒崎が暮らしをしていたマンションには生活感がなかった。一貴さんも全く同じだと言って笑っていた。家に誰かいるのと居ないのとでは大違いだ。すると、黒崎も同じことを考えていたようで、昔を思い出すと言った。

「一人は凝りごりだ」
「黒崎さん……」
「ここなら気が紛れるだろう。お前がいる」
「うん。うっとおしいぐらいに遊びに行くよ~」
「頼む。俺は歓迎されない。仕事の話になるそうだ」

 素直じゃない人だ。本当は嬉しいだろう。ビールしか飲まないくせに、ワインを手配していたからだ。一貴さんはまだ飲めないとは思う。これから楽しくなりそうだ。素直になれない黒崎の頬をつねってやり、急いでパンを食べた。
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