白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 黒崎の両腕に包み込まれた。このままだと胸元が濡れてしまう。そう思って離れると、スーツが濡れるのは構わない。大泣きには慣れていると笑われたから、そう言われると泣けないと言い返した。

「別の話をしたい。一貴から連絡が入った。お前のことを着物ブランドモデルに起用したいという話だ」
「まだIKUからは聞いていないよ」
「そうか。裕理のことが羨ましくなった。一貴が悠人君を”MIDSHIP”のモデルにしたいと話していた。一貴に会わせて、普段の姿を見てもらいたいそうだ。その上で最高のモデルにしてもらいたいと話していた。俺にはできない考え方だ」
「黒崎さーん。可愛いね……」
「余裕がなくなる。離れるな」
「離れないよ。ひゃひゃひゃーー」

 笑いが込み上げて、涙が止まった。半分は冗談だと付け加えているが、本音だと思った。笑い続けていると、唇を塞ぐようにキスをされた。木の幹へ背中を預けて人目から隠れようとしたが、それでも周りの目が気になってきた。

「こらこらっ」
「こっちを向け……」

 キスの合間に顔をそむけた。しかし、すぐに顎に手を添えられて戻された。絡み合うようなキスが繰り返されていくと、近くから話し声が聞こえてきた。

「人がいるってば……」
「見えない。こうすればいい」

 並木道へ視線を向けた後、庇うように位置を変えられた。そういう問題ではないのに。黒崎は目立つ。そう口にすると、答えの代わりに頬を舐められた。

「確信犯なわけ?」
「いつものことだ。手を出させない」
「あんたを見た人は逃げるよ」
「キャンパスを移動すれば新入生状態だ。全体に広く知ってもらう」
「講演は秋ぐらいじゃないの?その頃には知られていると思うけど。引き受けたんだもんね。……5月にやるの?2カ月もないじゃん」
「本来の話は11月だった。6月の講師が急遽キャンセルをした。俺としてはタイミングがいい」

 最後に額にキスをしてきた。呆気にとられていると、黒崎の方に着信が入った。仕事関係だという。すでに仕事モードだ。

(さっきは、一瞬だけの休憩だったのかも……)

 黒崎には休む時間が与えられていない。常に前に進んでいる。本人はこう言っていた。好きでやっていることだと。それでも疲れて休みたいときもあるはずだ。さっきがその時間だったと思う。

 黒崎ホールディングスの舵取りが成功し、黒崎製菓という船に乗り込んだ。それが嫌なら、最初からやっていないだろう。それが分かっているのに、俺まで不安になった。それを黒崎は理解していたと思う。こっちが慰めるはずだったのに、反対にそうされてしまった。

(黒崎さんには、かなわないよ。俺にとっても休憩だったかも?のんびりしている……)

「散歩して帰ろうよ~。こっちに綺麗な池があるんだ。苔だらけだけど、今度地質調査をするから掃除してて……。あれ?」
「早く帰るぞ。泣いたからだ。疲れが出ている」
「大丈夫だよ……。はーーい」

 黒崎から強引に歩みを止められた。今日は言い返さない。無理に離れないでおくよ。そう声をかけると、満足そうに笑っていた。その姿を見て、俺の方も笑った。そして、2人で我が家に帰って行った。
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