白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 ドアを開けると、木々の匂いが鼻先をくすぐった。教会の敷地内にあるから、ミサの参列者が歩いているのが見えた。黒崎と並んで歩きながら、思い出話を聞いた。黒崎家に来た時に来たときのことを。

「……拓海兄さんと暮らせるのを楽しみにしていた。毎日遊べるし、広い庭があるからスケッチが出来る。グランドピアノは贈られていたが、マンションと違って、何時でも弾いて構わない。それだけ聞くと喜んでいたはずだ。……晴海兄さんから疎まれた理由が理解できなかった。母親が出て行ったきっかけになった女の息子だ。いい気はしない」
「拓海さんは大人になっていたもんね。長男だから我慢していたのかな?」
「諦めていたんだろう。厳しく育てられたようだ。親父の長所を知っていた。ママとの再婚は反対しなかった。誰か一人に決めろと言われたそうだ。あの親父が。悲しい思いをするのは、俺たちだけでいいと」

 お義父さんがママと再婚する6年前に、瑛子さんが出て行った。黒崎家の風習や、環境に疲れてのことだった。いわゆる政略結婚で、愛情がないのは当然だと踏まえていたそうだ。

 それは拓海さんが15歳、晴海さんが10歳の時だった。黒崎家を出て行く瑛子さんが乗ったタクシーを見送ったと、晴海さんから聞いた。追いかけようとする晴海さんを、拓海さんが後ろから抱きしめたそうだ。その時、拓海さんは晴海さんに、“お母さんを自由にさせてあげよう。いつでも会えると約束ができた。お父さんが文句を言ったら、お兄ちゃんがぶっ飛ばしてやる”と言って慰めたそうだ。

 もうすぐで着くねと話していると、お墓の前には先客がいた。晴海さんが座り、花を活けていた。近くまで行っても気づかれなかった。

「晴海お兄ちゃん……」
「気がつくまで声をかけるな」

 そのまま静かに木陰の下で待った。白い花と赤い花をアレンジしている。いつの間に覚えたのだろうか。

 明日、お義父さんと一貴さんとの3人で来ると話していた。拓海さんに伝えたいことがあるのかな。お兄ちゃんと、お墓に向かって小さく呼びかけていた。そして、話し始めた。

「……俺は今、お父さんの家に訪ねて行っている。嫌いで堪らないあの家が、居心地がよくなった。やっと居場所が出来たよ。……華道家の先生に師事して学ぶことにした。個展を開いているから、その手伝いだ。……お兄ちゃんの言ったとおりになった。優しい子でいれば、誰かがそばにいてくれるって。……圭一は手がかかる。一貴もだ。夏樹君が大変だ。俺が何とかする。一番上の兄貴として。他にも兄貴はいるけどな」

 聞かないふりをしたくない。最後まで聞いた後、晴海さんがこっちに振り向いた。俺たちに気づき、顔を真っ赤にした。そして、居るなら声をかけろと怒っている姿を見て、吹き出した。さらに怒り出しだから、笑いが止まらなくなった。

 俺達も墓前に花を供えた後、讃美歌を歌った。去年よりも声が通り、高低差を無理なく出せた。人前で歌う機会が増えたし、ボーカルレッスンの成果もあると思った。少しずつでも前進していることを知り、嬉しくなった。
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