白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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 ザーー、ザーー。

 海岸に戻ると、さっきよりも気温が上昇しているように思えた。腕時計を見ると、田中先生を訪ねていくまで、まだ十分に時間がある。砂の固めの場所で並んで座った。ここなら波が来ないよと言いながら。3年前に来た時は、黒崎がママと再会した帰りだった。黒崎の涙を初めて見た日だった。

 さっそくドーナツの袋を開けた。オールドファッションだ。全粒粉入り、きな粉もある。すると、珍しいことが起きた。黒崎が一口だけ食べた。

「帰りの飛行機が揺れそうだよ。美味しいだろ?」
「ああ。口の中が甘くなった……」

 黒崎がそう言って、ペットボトルのお茶を飲んだ。空を見上げると、薄雲がかかっていた。日差しが強くなり、これから暑くなるだろう。我が家の庭は涼しくて、庭の外に出て、暑さに驚くことがある。早くも恋しくなった。

 自然と昨夜の話題になった。両親達との食事の後で、カラオケへ行った。ほんの1時間程度だ。誘惑ステージを披露して、拍手喝采を受けた。伊吹が居なくて良かったと、万理が笑っていた。下品な冗談を言うからだと言っていた。

 その帰りに実家へ寄ろうとすると、母から ”外から見るだけにしなさい” と言われた。心配で帰って来た時は入れませんと。何を言っているのかと驚いた。

(……帰って来たくなるでしょう?あんたは黒崎家の息子。もちろん私たちの息子でもあるの。お墓参りで帰ってきた時は、どうぞ入ってください。向こうのお父さんにも話してあるから……)
(……分かった。11月に来るよ。ヴィジブルレイが終わった後、DDの準備に入る合間に……)

 去年、実家の法事には呼ばれなかった。俺が忙しいからだと理由をつけられたが、そういうことだったのか?それを聞くと、そうだと答えられた。俺が帰って来ないようにするためだった。

「そうガッカリするな」
「うん。今回は納得したよ。楽しみが出来てよかった。次は……、嫌なことだったらどうしよう……」

 帰る理由は他にもある。その日が近いのか遠いのかは分からない。天国から遠く離れていてほしい。

 カサ……。

 願掛けをしたくなった。景品のストラップを開封した。小さな鈴がついている。これを空にかざして鳴らせば、天使に遠くへ行ってもらえるかな?反対に呼んでしまうか?

「やめておこうかな……」
「鳴らしておけ。分かってくれるはずだ」

 座ったままで空にかざした。すると、波の音に打ち消されずに、鈴の音が聞こえた。さらに大きく振るようにした。あの雲を追い払いたくて。黒崎が笑った。そこまでするなと。いいじゃんと言い返した。

「あれ?」

 すると、背後に気配を感じた。鼻息まで聞こえる。振り返ると、柴犬が尻尾を振っていた。飼い主さんがハーネスを引きながら、俺たちに謝った。

「すみませんでした」
「いえいえ。俺たち、動物が好きなんです。シーズーがいるので……」

 柴犬が黒崎の元へ行った。やっぱり好かれている。今回は帰省だと話すと、俺のことを見て、飼い主さんが、あれ?という表情になった。

「あの……、テレビに出ていませんでしたか?」
「はい!出ています」
「やっぱりそうだ。ヴィジブルレイのNatsuki さんですよね。ここが出身地だと聞いたことがあります。開明高校出身ですよね」
「そうなんです」

 開明の生徒は個性的だからと、飼い主さんから笑い声が立った。しばらく話していると、柴犬が黒崎のそばで遊び始めた。

「この子の名前を教えてもらえませんか?」
「”エンジェル”です。男の子で、ゴツイ見かけで似合わないでしょう?幸せを呼んでもらいたくて」
「いいえ。ピッタリです」
「母が病気がちだったときに、来た子なんです」

 願いが叶ったのかな?名前と付けた理由が、求めているものだった。いい名前だねと話しかけて、エンジェルの身体を撫でた。すると、パッと走り出した。慌ててハーネスを引いたが、飼い主さんが走る羽目になった。俺達は笑いながら手を振って別れた。

 やっぱり願いを聞いてくれたのか。エンジェルが去って行った。ここでは泣かない。そう決めて堪えた。

「黒崎さん。カモメが来たよ」
「ああ……」

 すると、遠くのカモメが近づてきて、空へ舞い上がった。悲しい気持ちを持って行ってくれたのか。
 
「そろそろ行くか」
「うん……」

 黒崎から声をかけられて笑顔で立ち上り、堤防へ歩いて行った。目的地は開明高校だ。
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