白い雫の天使~親愛なる人への旋律

夏目奈緖

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26-5(黒崎視点)

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 22時。
 
 予定通りに会食が終わり、タクシーに乗り込んだ。ネクタイを緩めながら、シートに深く腰掛けた。疲れが出ているようだ。

 5月のコンサートの動画を開いた。発売されるアルバムに封入されるものだ。ほぼ完成の段階で、IKUから受け取った。観客席とステージ上から撮ったものでは、どんな違いがあるのか楽しみだ。

 赤と白の照明のなか、夏樹が観客を煽るシーンから始まった。緊張をしていない様子だ。ステージ上では違う自分になると言っていた。

 ラストの後、アンコールに応えるシーンが流れた。夏樹たちのアップが入り、横から映したものが出た。

 そして、夏樹へと視線を向けた瞬間、鼓動が跳ねた。左手を握りしめて、唇を噛んでいたからだ。感動に震えていれば噛まないはずだ。痛みを堪えているのだと分かった。

「どうして言わなかった?気づかなかった……」

 どんな仕草でも見逃さない自信が崩れた。あの距離では無理だと言われるだろうが、俺にとってはそうではない。

 デビューまでは、ステージを終えた後は酸素吸入をしていた。次第にそれが無くなり、5月は普段通りの姿で控え室へ戻ってきた。それに安心していた。あの子が隠すことを知っているのに。しかし、腑に落ちない。嘘が下手で、顔に出るのだが。

(無意識のことか?覚えていない可能性がある……)

 黙っていたのかと口にすれば、詰め寄られるも同じだろう。本人が戸惑う。どう話せばいいのか。気の利いた言葉が思い浮かばない。

 中山の義母なら?義父なら、どう問うだろうか。悠人、裕理、佐久弥にも聞けない。心配をかけると嫌がるはずだ。

(俺は変わった。以前なら問答無用で聞いていたはずだ。あの子を傷つけたくない……)

 強引な真似を繰り返しては、夏樹から許されて来た。今は彼の意見を聞きたい。家を留守にしている間は、様子が見られない。来年の新体制への準備が始まったが、就任後には落ち着くはずだ。それまで長い日々が続く。夏樹のことをステージに立たせたくないという思いがよぎった。

 待ち受け画面には、ステージに立っている夏樹がいる。リハーサルで撮ったものだ。背後では悠人がギター演奏している。この笑顔を奪うのか?いや、見られなくなる可能性がある。

 今の笑顔を選ぶか、この先の笑顔を望むか。選択肢を思い浮かべたが、最初から答えは決まっている。それを望んでいるのは、俺だけではないはずだ。父だ。不安に思いながらも、口に出さないだけだ。

(夏樹をステージから下ろしたい。ショックが少ない話し方は……どうするか……)

 どれだけ強引に接してきたのか、今更ながら思い知った。どの切り出し方や言葉を思い浮かべようが、自由を奪うものだ。

(相談するか……)

 人に頼ることなど、大学卒業後から考えられなかった。誰にアドバイスを求めようか。父のことは真っ先に避けた。同じ考えをしているからだ。そこで、2人が思い浮かんだ。伊吹と俺の母親だ。

 伊吹は俺のことを踏み留まらせようとするだろう。母はモデルの現役時代に倒れることが多く、父が引退させたと聞いている。夏樹のことでは、以前も相談したことがある。

(また頼るのか。恥はどうでもいい……)

 母の連絡先を開いた。電話をかけると、すぐに出た。そして、第一声で心配気に問いかけられた。最初から伝わっているのが不思議だ。

「圭一、どうしたの?」
「この時間にすまない。夏樹のことだ。ライブ動画で、痛みを我慢している箇所が映った。本人は嘘をついている素振りがない。ステージでは気がつかないものか?」
「あの状態だとその可能性が高いわ。移動している間には気づいたかもしれない。そうは言っていられないの……。気が張っているから」
「夏樹と話してステージから下ろす。痛みが起きたことを教えたい。どう持ち掛ければいい?」
「動画を観ながら、ゆっくりと。お母さまにも意見を聞かないと……」
「いいや、下ろす」
「穏便な方法はないわよ。ひと時だけ、一人になって考えたくなるかもしれない。身体が丈夫ならと、夏樹君は自分を責めるし。……契約のことは?」
「来年からの分は、まだ結んでいない。現時点の違約金は承知している。金も迷惑もどうでもいい。二人で話す」

 こういう面が父と似ている。指摘されずとも分かっている。母が何も言わずにため息をついた。今日は軽い話し合いにしたい。痛みが起きたであろう事実だけは気づかせたい。

 俺のことだ。強引な言い方をするに決まっている。まずは二人で話して、他の人を交えましょうと言われた。整理する役目が必要だ。

「晴海さんを同席してあげて。わたしも一緒に入るわ。よかったら」
「兄さんを?」
「奪われる気持ちが分かるからよ……」

 晴海兄さんに起きたことを振り返った。R&W社の役員解任、黒崎家から除外された思い。新しい道を見つけた現在を、夏樹は見ている。

 俺が説得される側になるのか?そういう気がする。それでもいい。少しでも夏樹の気持ちを和らげたい。それだけのことを話して決める。素直に頷くわけがない。砂浜で鳴らした鈴の話を出そうか。いや出来ない。

 タクシーが家の前に到着した。母との通話を終えた。一貴は会食で深夜になる。父は帰宅済みだ。玄関へ入り、すぐに客間へ向かった。
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