恋人はメリーゴーランド少年だった。

夏目奈緖

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 黒崎がおかしなことを言っていると思った。黒崎からキスはセクハラ行為に当たることを説明されたばかりなのに、それを説明した黒崎が俺にキスを求めているからだ。こういう時ははっきりと断るべきだ。そんなこと、俺でも分かる。

「意地悪を言うな。調子に乗るなよ。キスはしないからね。嫌だからさ」
「そうだろうな」
「さっきセクハラ行為だって教えてくれたばかりだろ。お父さんからも教わったよ。例え話だけど、食事に行った先で、お店の人に触るだけじゃなくて、一緒に来ている社員に密着したダンスを強要したり、酔ったふりをして、手を握ったりするのは問題だってさ」
「それは問題だな。俺もそう思う」
「あんたも同じだよ。自覚ないわけ?」
「なんだって?」
「さっき、キスをしようとしただろ?このセクハラ男!」
「怪我のことを心配したからだ」
「言い訳するところが怪しいよ。……いたっ」

 またデコピンされてしまった。また喧嘩に逆戻りだ。黒崎からは呆れかえられている。

「あのなあ。俺はセクハラなんかしない。経営者としてだな……」
「それってパワハラじゃないの?自分が社長だっていう立場を利用してさ……」
「なんだって? 」
「その怖い顔をどうにかしろよ。恐怖を感じているよ」
「お前なあ……」
「いひゃい、ひゃめよひょー。なにするんだひょ」
「セクハラ男とパワハラ経営者か。人聞きが悪いぞ。お前が妙なことを言い返すから怒っている。自然と顔も怖くなる」
「元から怖いじゃん。黒崎さんが天邪鬼をやめろって言ったんだよ?だから正直に話しているだけなのに……」
「お前の場合は言い過ぎだ」
「あ……」

 だんだん視界がボヤけてきた。そして、目尻から温かいものが溢れて落ちた。こうして泣かされるのは、何度目だろう。黒崎が困る顔になるのが分かるのに涙が止まらない。まるで黒崎に甘えているみたいになって情けなく感じた。

「ひっく……」
「大丈夫か?見せてみろ」
「ひっく……。うぇっ」
「夏樹。悪かった。どうしたら許してもらえる?」

 優しく話しかけられて、胸がキュンとした。この人は男だ。俺の反応はおかしい。まるで黒崎に恋をしたかのようだ。急に顔まで熱くなり、みっともないから俯いていると、黒崎から顎を持ち上げられた。俺の目を見てくれと言われた。

「俺が悪かった」
「もういいよ。俺も言い過ぎたよ。ごめんなさい」
「俺も謝る。すまなかった」
「うん」

 お互いに見つめ合った。黒崎のことを怖い人だと思っていたけれど、こうして見ていると、黒崎が優しい目をしていることが分かった。俺のことを、小さな子供を見ているかのように、小さく首をかしげては、困ったようにしている。いつもこんな顔をすればいいのにと思った。優しい人に見えるからだ。

「黒崎さん。お店は予約済なの?また今度にした方がよくないかな。喧嘩をしたから美味しくなくなるよ……」
「予約していない。喧嘩をしそうだったからだ。いつでも使える店だ」
「そっか。だったら……、今日は帰るよ。変な感じになったから頭を冷やすよ」
「そうか。食事はまた次の機会にしよう。すまなかった。反省している。帰らないでくれ。ドライブして行かないか?」
「ありがとう。でも、今日は真っ直ぐ帰るよ。落ち着きたいからさ」
「そうか。夏樹。無理に話さなくて構わない」
「ありがとう……」

 胸が熱くなり嬉しくなった。俺のことを理解してくれた。大人だからといって、みんながそうだとは限らない。あんなに言い合いをして嫌がらせのような発言をしても、黒崎は根っこはいい人だと実感した。信じられる大人になってくれないかな?そうまで思えた。

 するとその時だ。黒崎が俺のことを見た。そして、静かすぎるから何か曲を流した方がいいと言い出した。さらに、俺のスマホの音楽聴き放題アプリを車にセットし始めた。

「黒崎さんの好きな曲でいいよ」
「いや、お前の好きな曲がいい。ロックでも構わない」
「さっきはうるさそうにしていたじゃん。ギターが激しすぎるって言ってたじゃん。また喧嘩したくないもん」
「すまなかった。そうじゃなかったんだ。わざとかと思っていたからだ。後で本当に好きだと分かった。バンドの名前はベテルギウスだったか?うるさいとは思わない。クラシック構成になっていた。理論立てていた」
「すごいね。詳しいんだね。黒崎さんの好きなジャンルがいい。どんなものが好き?」
「いや。お前のことが知りたい。好きな曲をかけてくれ」
「なんだか恥ずかしいよーーー」
「おかしいことか?知りたいから提案している。興味がないなら、ドライブをしていないんだろう?」
「ああ、うん」

 なんだか顔が熱くなってきた。胸の鼓動も撥ねて来た。踏み込まれていないのに、色んな事を引き出されている。不快ではないし、もっと話したいと思った。もしかすると、俺は黒崎のことを好きになったのだろうか。まるで恋愛感情のようだと思った。
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