恋人はメリーゴーランド少年だった。

夏目奈緖

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10-1 温泉旅行

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 6月20日、土曜日。15時。

 黒崎と出会って一ヶ月以上が経った。今日は黒崎と二人で温泉旅館に泊まりに来ている。先週のことだ。一緒にいるのは気まずくて送迎を断ったら、仲直りと友達同士の付き合いの再スタートのため、一泊旅行しようと誘われた。何度か断ったけれども、黒崎が両親のことを説得して、今日ここに来ることになった。怪我をして不便な生活をしていたから、息抜きが必要だと思うという意見を、黒崎が両親に伝えていた。そこまで言われたら断ることができなかったし、俺も温泉に行って仲直りがしたいと思っていたから、行くことをOKした。

 今回の俺の分の費用は両親が出してくれた。早くバイトを始めたいと思ったきっかけになった。黒崎は受け取ろうとしなかった。自分が招待すると言っていた。母がそうはいかないと言って、何とか受け取って貰った。

 今夜泊まる旅館には、午前中に到着した。昼ご飯を食べた後、ぶらぶらと観光した。その後は、本館にある縁日で遊んだ。これから晩御飯の時間まで部屋でゆっくりする。その後でお祭りとイルミネーションで彩られた公園を見に行くことになった。まずは部屋で休憩しようという話になり、これから部屋に戻るところだ。

(なんか不安なんだよね。黒崎さんのこと、言わなくて良かった……)

 黒崎は両親達から信用されている。俺にとって大事な友達ができた。両親は俺の変化を喜んでいる。コルクボードを使わないし、帰宅後も楽しそうにしているからだと言っていた。そして、母からアドバイスを受けた。黒崎と喧嘩しないようにというお小言もあった。その時のことを思い浮かべた。

『よかったら家に遊びに来てもらって。来週、お父さんとお酒を飲みに行くそうだけど……。良かったら晩ご飯を食べに来て下さいって伝えてちょうだい』
『毎朝、会っているじゃん。お母さんから言えば?』
『あんただって、そうして欲しいでしょう?そういう顔をしているわよ?』
『そんなに顔に出るの?黒崎さんにも言われたんだ。優等生のふりをするなって……』

 そう話すと、母は何も言わずに笑っていた。俺が笑顔だったからだと思う。母が喜んでくれるなら、もっと笑おうと思った。

(あれ?手があったかい……、あ……)

 母との会話を思い出しているうちに、泊まっている部屋の前に到着した。気がつくと、黒崎から手を握られていた。振り払うことはしたくない。そう思ったとき、顔が熱くなった。俺は黒崎のことが好きだからだ。もっと近づきたいと思った。でも、先に進む勇気がない。やっぱり友達同士の方がいいと思った。長く続くからだ。そう思うのは、葉月優衣さんのことがあるからだ。今は落ち着いたようで、電話がかかってこなくなったそうだ。それは黒崎の嘘かもしれないと思った。俺が心配するからだ。

「黒崎さん。手を離してよ。迷子にならないから。もう部屋へ着くし」
「急に元気がなくなったぞ?疲れたのか?」
「ううん。晩ご飯が楽しみだなって考えていたんだ。万理のことも誘ってくれてありがとう」
「ああ。いつか旅行に行けるといい。今日は楽しもう。そう怖がるな。優しくしているだろう?」
「あんたの口から言うことじゃないよ」
「どうしてだ?」
「だって、俺の顔をのぞき込むだろ。緊張するんだよ」

 黒崎は背が高い。俺と身長差があるから仕方ないとは思うが、子供扱いするようにして、俺の顔をのぞき込んでくるときがある。母が教えてくれた。少し甘えさせてもらうのは良い事だよと。それなのに素直になれなくて、黒崎から何かされそうだという発想しか浮かばないときがある。でも、こうして旅行に来たのは、黒崎との友達づきあいを楽しみたいからだ。
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