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すると、枝川さんから声をかけられた。俺は少しだけ顔を上げた。
「理久君。こっちを向いてくれ」
「どうして ”理久君” って呼ぶんですか?俺の名前だけど。急に態度を変えた理由はなんですか?」
これで言い返せた。カフェでされた質問だ。おちょくられるだろうが、言い合いにしたい。それなら帰る口実が出来るからだ。しかし、そう期待しつつも、胸がチクチクした。期待通りの展開になってほしくない。そんな思いもある。
(なんで?帰りたくないって。なに……?)
「理久君って呼ぶことにしたのはね。もっと近づきたいからだ。態度を変えたつもりはない」
「そっちはそうでも、俺の方がそうじゃない。そう受け取らざるを得ないから!」
「へえ。言い返せないポイントを突いてきたじゃないか。よく出来ました」
「なんだよ!?今度は子ども扱いって?もう……、帰る……」
「ごめん。謝るから帰らないでくれ」
「笑ってるだろ……、え?」
枝川さんは笑っていなかった。心配そうに俺のことを見ている。こうなると振り上げた手を降ろせない。
「急にしおらしくなるなよ……」
「ごめん。やりすぎた。帰らないでくれ」
「そ、そ、それならしかたないよ……」
「ありがとう」
人懐っこい笑顔を浮かべている。まさか策に乗ったのか?また変なことを言うつもりか?
問い詰めようとすると、料理が運ばれて来た。すき焼き鍋とお肉だ。着物姿の店員さんから、黒毛和牛だと説明された。
すき焼き鍋に牛脂が置かれて、パチパチと音を立てた。自分たちで作るか、すでに出来がったものが運ばれてくるかと思っていた。ここでは目の前で店員さんが作ってくれるそうだ。
「これが楽しみで来る人が多いそうだ」
「へえ。熟練さんが作るから美味しいだろうなあ。すき焼き職人さんですねー」
店員さんに話しかけると、笑顔が返ってきた。
「はい。この道十数年です」
「わああ。俺が生まれる前ですか?ああ……」
(しまった。女の人にはこういう話はNGだ。どうしようかな……あ、笑ってくれた。よかった……)
気を悪くした風がないし、かえって盛り上がった。
こうなれば本領発揮だ。おばちゃんと話すのは得意だ。近所の人から可愛がってもらったから、親近感がある。
どんどん工程が進み、割り下や野菜が入った。グツグツと小さな泡が出てきて、出来上がりだ。ここで店員さんは厨房へ帰るそうだ。
「せっかくだから、一緒に食べませんか?もっと話したいから……」
「あら……」
(しまった。お店の人なのに。調子に乗った……)
悪い癖が出てしまった。枝川さんの格好のネタになるだろう。そう思いながら向き直ると、彼はビールを飲みながら、こっちを向いて笑っていた。店員さんが帰った後も同じ状態だ。見つめられつつ箸を伸ばした。せっかくのすき焼きなのに、味が分からないかもしれない。
「理久君。味の濃さはどう?ある程度は調整してもらえるぞ」
「丁度いいぐらいだよ。うちは薄味だけど、このすき焼きはさっぱりしてるから。あんまり甘くないし……」
「甘いものは苦手?」
「そんなことはないよ」
(よかった。会話のネタが出来た。ビールのことを聞いてみよう……)
「枝川さん。ビールが好きなんだね。日本酒じゃないの?」
「どっちも好きだ。仕事帰りにはビールだ」
「これから日本酒ですか?ぼちぼちと……」
「はははは。詳しいな。まさか飲んでいるのか?」
「まさか。20歳までは甘酒を飲むよ」
「だから製造機を作ったのか?」
「それだけじゃないよ。うちは酒造メーカーをやってるから、興味が出たんだ。黒崎製菓とコラボ商品の計画があったから、思いついたんだよ。成功したら使ってもらいたくて。今からコツコツと信頼を築いておけば、数年後には……って。あ……」
調子に乗って、ペラペラと喋ってしまった。気をつけないといけないのに。黒崎常務は実家のことを知っている。枝川さんもそうだろう。しかし、あえて話題に出さない方がいい。どこで繋がっているのか分からない。迷惑もかける。
(話題を変えよう……。お酒の好みを聞こう……。辛口、甘口、冷酒、熱燗……。度数。吟醸とか……)
これを聞こうと顔を上げた瞬間、またもや優しく笑われていた。こうなると焦るしかない。何とかそれを抑え込んで、気持ちを落ち着かせた。
「理久君。こっちを向いてくれ」
「どうして ”理久君” って呼ぶんですか?俺の名前だけど。急に態度を変えた理由はなんですか?」
これで言い返せた。カフェでされた質問だ。おちょくられるだろうが、言い合いにしたい。それなら帰る口実が出来るからだ。しかし、そう期待しつつも、胸がチクチクした。期待通りの展開になってほしくない。そんな思いもある。
(なんで?帰りたくないって。なに……?)
「理久君って呼ぶことにしたのはね。もっと近づきたいからだ。態度を変えたつもりはない」
「そっちはそうでも、俺の方がそうじゃない。そう受け取らざるを得ないから!」
「へえ。言い返せないポイントを突いてきたじゃないか。よく出来ました」
「なんだよ!?今度は子ども扱いって?もう……、帰る……」
「ごめん。謝るから帰らないでくれ」
「笑ってるだろ……、え?」
枝川さんは笑っていなかった。心配そうに俺のことを見ている。こうなると振り上げた手を降ろせない。
「急にしおらしくなるなよ……」
「ごめん。やりすぎた。帰らないでくれ」
「そ、そ、それならしかたないよ……」
「ありがとう」
人懐っこい笑顔を浮かべている。まさか策に乗ったのか?また変なことを言うつもりか?
問い詰めようとすると、料理が運ばれて来た。すき焼き鍋とお肉だ。着物姿の店員さんから、黒毛和牛だと説明された。
すき焼き鍋に牛脂が置かれて、パチパチと音を立てた。自分たちで作るか、すでに出来がったものが運ばれてくるかと思っていた。ここでは目の前で店員さんが作ってくれるそうだ。
「これが楽しみで来る人が多いそうだ」
「へえ。熟練さんが作るから美味しいだろうなあ。すき焼き職人さんですねー」
店員さんに話しかけると、笑顔が返ってきた。
「はい。この道十数年です」
「わああ。俺が生まれる前ですか?ああ……」
(しまった。女の人にはこういう話はNGだ。どうしようかな……あ、笑ってくれた。よかった……)
気を悪くした風がないし、かえって盛り上がった。
こうなれば本領発揮だ。おばちゃんと話すのは得意だ。近所の人から可愛がってもらったから、親近感がある。
どんどん工程が進み、割り下や野菜が入った。グツグツと小さな泡が出てきて、出来上がりだ。ここで店員さんは厨房へ帰るそうだ。
「せっかくだから、一緒に食べませんか?もっと話したいから……」
「あら……」
(しまった。お店の人なのに。調子に乗った……)
悪い癖が出てしまった。枝川さんの格好のネタになるだろう。そう思いながら向き直ると、彼はビールを飲みながら、こっちを向いて笑っていた。店員さんが帰った後も同じ状態だ。見つめられつつ箸を伸ばした。せっかくのすき焼きなのに、味が分からないかもしれない。
「理久君。味の濃さはどう?ある程度は調整してもらえるぞ」
「丁度いいぐらいだよ。うちは薄味だけど、このすき焼きはさっぱりしてるから。あんまり甘くないし……」
「甘いものは苦手?」
「そんなことはないよ」
(よかった。会話のネタが出来た。ビールのことを聞いてみよう……)
「枝川さん。ビールが好きなんだね。日本酒じゃないの?」
「どっちも好きだ。仕事帰りにはビールだ」
「これから日本酒ですか?ぼちぼちと……」
「はははは。詳しいな。まさか飲んでいるのか?」
「まさか。20歳までは甘酒を飲むよ」
「だから製造機を作ったのか?」
「それだけじゃないよ。うちは酒造メーカーをやってるから、興味が出たんだ。黒崎製菓とコラボ商品の計画があったから、思いついたんだよ。成功したら使ってもらいたくて。今からコツコツと信頼を築いておけば、数年後には……って。あ……」
調子に乗って、ペラペラと喋ってしまった。気をつけないといけないのに。黒崎常務は実家のことを知っている。枝川さんもそうだろう。しかし、あえて話題に出さない方がいい。どこで繋がっているのか分からない。迷惑もかける。
(話題を変えよう……。お酒の好みを聞こう……。辛口、甘口、冷酒、熱燗……。度数。吟醸とか……)
これを聞こうと顔を上げた瞬間、またもや優しく笑われていた。こうなると焦るしかない。何とかそれを抑え込んで、気持ちを落ち着かせた。
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