Radiate Crow~あの日の誘惑

夏目奈緖

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 枝川さんが席に戻ってきた。そして、俺に謝ってきた。さっきの人は中山伊吹なかやまいぶきさんと言って、黒崎製菓で長期インターンシップに参加している桜木聡太郎さんという人の恋人だという話だった。枝川さんが桜木さんと仲が良いから、枝川さんが彼に何かしているのだと誤解を受けているのだと説明された。一緒にいたのは、広告会社のR&W社の高野さんという人だそうだ。中山さんとは友達関係であり、取引先でもあるということだ。R&W社は同じ黒崎製菓グループ企業だから、枝川さんとも交流があるそうだ。そして、俺達はデート中だと説明し、中山さんの誤解が解けたということだ。

「ごめんね、騒がしくて」
「気にしないでよ。中山さんって、黒崎君に似ていない?」
「ああ、似ている」
「もしかして、お兄さんなのかな?って、思ったんだ」
「よく分かったな」
「そうなんだね!」
「中山さんは高野が担当している取引先の経営者だ」
「へえ……。あれ?追加で頼んだっけ?」
「いや、なにも……」

 店員さんがやって来て、俺たちの席へ料理を運んだ。中山さんからの心づけだという。つまりはお詫びということだ。さらに名刺も置かれた。

「牛すじ煮込みだね。あ、高野豆腐だ。好きなんだよ。あれ?好きじゃないの?」
「いや……」

 枝川さんが顔を引きつらせている。名刺の裏を見ながらだ。ちょうど見える角度だから、見せてもらった。手紙が書いてある。

「『……先ほどは失礼いたしました。心ばかりのお詫びです。先輩と後輩としての線を引くよう、筋を通して頂きたいため、”牛すじ煮込み”を贈ります。……えだがわこうやさんの、お名前にちなんだ ”高野豆腐” は、本日のおすすめです……」
「枝川さんの名前は、幸也こうやさんなんだねーー」
「ああ」

 だから高野豆腐か。どんな反応をすればいいのか迷った。これで終わりだ。”天真爛漫な理久” は消え去さろう。枝川さんが気の多い、信用できない人だと知ったばかりだ。

「気が多いって評判通りだね。俺のこともだけど」
「それは誤解だ」
「どこかだよ?バレンタインだっけ?イベントに誘ったのを認めてただろ。恋人がいる人なのに」
「それは運営スタッフとして誘った。デート目的じゃない」
「信用できないよ!」
「理久君……。話を聞いてくれ」
「気安く呼ぶな!」
「理久、話を聞け」
「呼び捨てにするな!なんの権利があるって?」
「好きだからだ」
「俺は好きじゃないから!名前なんか呼ぶな。帰るから……」
「店を変えて話そう。夜景が見える場所だ。気に入ると思う」

(サイテーだ。もう帰るし……)

 がっかりした。久弥の話と同じだ。下心満載の男は、すぐに夜景スポットへ誘う。良い感じになった後はホテルの部屋だ。久弥の恋人の蔵之介君は誠実だから、そんなことはなかったそうだ。目の前の人とは違う。

「そうやって、誰でも誘ってきたんだよね?お兄ちゃんから教わったんだ。ホテルからの夜景を見せていい気分にさせて、そこの上層階の部屋に連れ込むんだよ。そういう人のことをね。”信用ならない男”っていうんだよ。あんたにピッタリだよ」
「誤解を解かせてくれ。ここを出よう」

 立ち上った枝川さんから肩を引かれた。そのまま立ち上がらされた。連れ去りのようだ。ここで怯むわけにはいかない。真っ直ぐに見つめて言い返した。

「この高野豆腐!」
「なんだと……?」
「バーーーカ!」
「この……甘酒!」
「なんだよ!?高野豆腐!」
「甘酒!」

 売り言葉に買い言葉だ。いくら仕切りがあるとはいえ、静かな店内では迷惑だ。食べ終わっているから店を出ることにした。

 ご馳走さまでしたとお礼が言いたいから、お会計が終わるまで待っていた。だから一緒にエレベーターに乗る羽目になった。

 ビルの外に出た後、枝川さんから駅まで送っていくと言われた。その声を無視して歩いているうちに、駅に到着した。そして、逃げるなと挑発された結果、連絡先を交換してしまった。受け身でも、天真爛漫な理久君でもない。腹が立つから交換した。それに、枝川さんのことが気になるからだ。それは否定しない。やっぱり俺は流されやすいみたいだ。

 そして、やっぱりやめておいたら良かったと思ったときには、俺は帰りの電車の中だった。枝川さんがタクシーで送っていくと言っていた。それにはちゃんと断れたから、良かったなとは思った。
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