Radiate Crow~あの日の誘惑

夏目奈緖

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 桂川さんの宿泊先のホテルは、信号を渡ってすぐだった。寒いからと、ロビーで話をした。恥ずかしくて堪らなかった。男同士なのに、俺達のことを、すぐに恋愛関係だと察したそうだ。友達のカップルにいるし、知り合いにもいるからだと教えてくれた。俺はなぜか否定できなかった。友達なのに?幸也君は恋愛感情があるから、間違いではないのか。

「おやすみなさい。ありがとうございました」
「ありがとうございました」

 ペコっと頭を下げた。桂川さんが宿泊者カウンターへ歩く後ろ姿を見送った後、幸也君と目を合わせた。誤解だと思った理由を話せと、詰められた。

「どうして誤解した?同僚の可能性があるだろう」
「だって。指輪をはめたからだよ。ポケットから出して……」

 おかしなことだ。たったそれだけで?自分でもツッコミを入れたい。すると幸也君が笑った。うぬぼれてもいいのか?と。

「黒崎常務が関係している。桂川さんとは中学からの幼馴染だそうだ。婚約指輪だから、イジられたくなかったそうだ。打ち合わせの間は外して隠していた」
「そうだったんだ!」
「”そうだったんだ”。事件のことをニュースで見たか?痴漢の。その件で来てもらった。あとは話の通りだ。どうしてここにいたんだ?」
「あの、その。えーーっと」

 会いたかったから。そう口にしたくない。久弥のことを話そうかな?幸也君なら信頼できる。迎えが来るまで、時間を潰していることを話そう。すると、だんだんと幸也君の顔が曇ってきた。心配させている。

(ここで話すとホテルに迷惑だよね。出なきゃ……)

「理久。何かあったんだろう?話してみろ」
「出てから話すよ。お客さんでもないのに長居はできないよ」
「どこか店に入ろうか。おいで」
「だめ!迎えが来るんだ」
「どうしたんだ?話してみろ。ここで構わない。気にするな」

 両肩を押さえられて、待合のソファーに座り込んだ。やっと事情を話すことが出来た。兄は ”ディアドロップ” の佐久弥であり、バンドメンバーが逮捕されそうなことと、すでにメディアが情報を持っており、久弥のコメントを取るために、自宅前に待機していることを話した。誰かが帰るたびザワザワするから、近所迷惑になることも。家族が一度にまとめて帰るために、こうして母の迎えを待っていることもだ。幸也君は黙って頷いていた。家族として心配だろうと。我慢していたのか?と心配された。

「うん。お兄ちゃんが落ち込んでいるよ。またメンバーの問題が起きて……」
「そうか。迎えが来るまで待っていよう。逮捕されるのは時間の問題だろうなあ。ああ、ごめん」
「気にしないでよ。しばらくは家に帰れないかも。3年ぐらい前にも、同じことがあったんだ。同じメンバーだよ。二週間ぐらいホテルで暮らしたんだよ。お兄ちゃんはレコード会社の社長さんの家で、しばらく暮らしてた。今夜もそうなるかも……」

 詳しいことは聞けていないが、迎えが着いた後、どこかのホテルへ移動すると思う。太郎が入れるホテルがあればいいのに。

「俺の家に来るか?」
「……え?」
「いい案だぞ。俺の家から大学は近い。一人分、宿泊費が浮く。それにだ、太郎君はどうするんだ?いきなりペット可のホテルは見つからないぞ?俺のマンションならOKだ」
「悪いよ!だめだって」
「いいから来い。俺ならお母さんが知っている。勤務先もだ。ご両親と一緒に居た方が楽か?」
「そんなわけないよ……」

 いくら何でも大学生だ。高校時代のときは一緒にホテルで過ごしたが、そんな子供ではない。両肩には手の重みがあり、落ち着かずに、浮き上がったような状態が鎮められた。覗き込むように見つめられているから、その目に引き寄せられた。

「どうした?思い出したのか?ここには誰も来ていないぞ?俺がいるから平気だ。変な真似をする奴は蹴散らしてやる」

 胸の鼓動がバクバク打ち始めた。幸也君の声だけが耳に入って来る。ここに居るのは会いたかった人だ。勘違いして、パニックになって逃げ出したほどの。そして、やっと自分の気持ちに気づいた。一緒に居たいということに。

「いきなりは怖いか。襲わないと約束するけど。それはそうだよな」
「ううん!いいんだ!」
「……え?」
「襲っていいよ!」
「はああ?」

 いきなりどうしたのか?自分の思考が理解不能だ。どうしてこんなことを言い出したのか?襲ってもいいだなんて。その意味は分かっているのに。
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