Radiate Crow~あの日の誘惑

夏目奈緖

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 20時。

 ここは幸也君のマンションだ。時計の針の小さな音が、やけに大きく聞こえている。シャワーの音も聞こえている。さっきは俺が入っていた。着替えを持って来ていないからと、幸也君からTシャツを貸してもらった。俺はこのままでもよかったが、くつろげないだろうと気遣われた。

 ホテルの前で泣き出した俺のことを、ずっと慰めてくれていた。そこへ母から電話が入り、今から会社を出るから、待ち合わせ場所へ行けと言われた。てっきり幸也君から帰されると思っていた。でも、そうならなかった。幸也君が母に、彼のマンションに泊まれるように話してくれたからだ。その時の幸也君の電話の会話を思い出した。

『もしもし。枝川です。今夜だけ、僕の家に泊まらせたいのですが』
『え?幸也君?』
『ええ、泣いていました。学校の友達のことで悩んでいるようで。話を聞こうかと。……ええ、お構いなく。僕は一人暮らしです。……太郎君も泊まれますよ。よかったら一緒に。……ゲージとか荷物が多いんですね。タクシーに乗せれば……そんなにあるんですか?待ってくださいね。……理久、太郎君を連れに行こうか?』
『いいってば。帰ると幸也君まで騒がれるよ』
『それはそうか。……ホテルには宿泊されないんですね。太郎君、大丈夫ですね。ありがとうございます。おやすみなさい。……理久、お母さんと話せ』

 まさかこんな展開になるとは思っていなくて、すごく嬉しかった。もっと一緒に居たかったからだ。その後、電話を交代して母と話した。

『……今夜はお世話になりなさい。落ち着いた後、お礼に伺うから。お行儀よくしなさい。部屋で騒がないこと。お風呂の後、簡単に綺麗にしておきなさい。後片付けも率先してやること。……何かあれば、何時でもいいから電話をしてきなさい。枝川さんにもそう伝えたから……』

 その後、幸也君のマンションへやって来た。

 どうも手持ち無沙汰だ。ポツンと一人で座って、テレビを観ている状況だ。1LDKの、けっこう広さのある部屋だ。物がないからガランとして見える。実家のごちゃごちゃした状態とは反対だ。一人暮らしだから、こういうものか?

(先輩の家は散らかってたけどな。あんまり家に居ないのかな?)

 ソファーには、さっき脱いだ幸也君のシャツが置かれている。雑に置いてある。クリーニングに出すのだろう。ここに座っているから、幸也君の匂いがしている。抱きついたからよく分かる。思い出しては、ドキドキしてきた。

(そういうことだもんね。泊まるって。言い切ったし……)

 今更、やめましたなんて言いたくない。スイスイ泳いでいた自分から脱却する。しかし、今回のケースは意味合いが違うだろう。それでもいい。突進していく。頭の中でプランを練った。風呂に入っているところを襲おうか。いや、怒られる気がする。それか、冗談だと受け取られそうだ。

(お母さんと話している時、俺、子ども扱いだったなあ……)

 幸也君の前で混乱して泣いてしまった。とどめが母との電話だ。嬉しかったのには違いない。過保護で育った理久になった。

 どうすればスムーズに進めるだろう?ベッドに入るまでには?

 スマホを手に取り、あるキーワードを使って検索を始めたところで、背後に気配がした。振り向くまでもない。幸也君からスマホを覗き込まれていた。

「勝手に見るなよ!」
「よからぬことを調べているからだ。見なくても分かる。おどおど、こそこそと。んんー?初めてのチョメチョメ?なんだそれ?」
「わーーー!」

 なんて人なのか?しかも笑っている。おまけに上半身裸だ。男の裸は見慣れているのに、心臓がバクバク打ち始めた。
 
「チョメチョメを検索するな。初めてなのは分かっている。あんまりネットを頼るな。ヤバい話も出ているぞ」
「見たわけ?実際に?」
「そうだ。興味があったから。その上で見るなと言っているんだ。分かったかー?」
「子ども扱いするなって」

 テーブルのコーヒーを飲んだ。幸也君がニヤニヤ笑いながら、隣に座ってきた。全く落ち着けない。
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