Radiate Crow~あの日の誘惑

夏目奈緖

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(こんなことを思ってる時間はない。さっさと荷物を取ろう……、え?)

 玄関を上がろうとして、体が後ろに倒れた。その先には温かい体があり、幸也君から抱きしめられていた。頬を撫でるように顔を寄せられた。怖くないぞ、出るときも大丈夫だと囁かれた。

「理久、カッコ悪くない。人任せだと思っていただろう?」
「うん。いつものことだよ。誰かに助けられているもん!」
「俺には助けられておけ。お前に言ったことがあるだろう?京橋で会った時だ。家に帰れなくて、お母さんを待っていた日だ。俺がいるから平気だ。変な真似をする奴は、蹴散らしてやるって。どうだー?口だけの男じゃなかっただろう?」

 ーーどうした?思い出したのか?ここには誰も来ていないぞ?俺がいるから平気だ。変な真似をする奴は、蹴散らしてやる、と。

 たしかにそう言われた。あの瞬間に、心のストッパーが外れた。幸也君のことを好きだと、自覚した時だった。今もこの瞬間も、大好きになった。振り向いて抱きつくと、体を離されてしまった。追いかけても逃げられた。

「こら……、高野がいる」
「なんだよー、チョメチョメって言ったくせに」
「抱きつくな、上がるぞ」
「高野豆腐ーーっ」
「甘酒、元気が出たな。外の人たちに笑われるぞ?あの子、面白いなって。出た時に披露してもいいぞ?」
「あいつらは、話が分からないよ」
「こらー、向こうだって同じ人間だ。帰ったら疲れて寝ているし、外に張ってて寒いんだぞ?こんな仕事は嫌だって思っている人もいる。全員が変な奴じゃない。あの中には、道を開けようとしてくれた人が、2人いた。6人中、3分の一だ。高確率だぞ。これは断言できる」
「そうだったんだ?変な奴だけだって思ってた」
「”そうだったんだ”。お前と同じぐらいの息子がいるんじゃないのか?そう思っておけば、気持ちが楽だ。決めつけるな。いいかー?外には伊吹という男が、バリケードになっている。記者を利用して、自社の宣伝をしている。覗いてみろ、こっそり……」

(怖いよ。でも、頑張ろう。え?すごい……)

 カメラを向けられているのに、中山さんがどんどん記者に話している。おかげで、こっちを見ている人がいない。中山さんに惹きつけられているのかな?

 そう呟くと、高野さんが否定した。グイグイ押すから、相手が逃げられないだけだと。それを聞いて、おかしくて吹き出した。

「はははは。面白いねーー」
「今度ゆっくり食事をしよう。さあ、太郎君が待っているぞー」
「うん!たろうーー!迎えに来たよーー!」

 階段を駆け上がり、さっそく太郎を抱き上げた。幸也君たちがゲージを解体している間に、3日分の着替えを用意して、久弥のスーツケースへ押し込んだ。

 家を出た時には、まるで、中山さんの講演会の状態になっていた。元気はつらつと、自分の会社の宣伝をしていた。そして、黒崎製菓の社員とはつながりがあり、痴漢男の情報も持っていると言い出して、記者がむらがっていた。しかし、実際には何も話さず、次に目指しているプロジェクトの話をし始めた。写真も撮ってくれと言い出しているから面白かった。記者達が帰りたそうにしているのも印象的だった。

「凄い話術だなあ」
「俺達の方を、全く見ていないだろう?伊吹が引きつけているからだ。痴漢男の話題を出している……」

(楽しい!こんなことってあるんだ!)

 タクシーを堂々と門の前へ停めてもらった。そして、中山さんが合流した。記者達が帰って行く姿もある。すごいですね、ありがとうございましたとお礼を言うと、中山さんが笑っていた。

 そして、2台のタクシーが太郎の荷物を乗せて、幸也君のマンションへ出発した。
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