Radiate Crow~あの日の誘惑

夏目奈緖

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9-1 恋人同士で過ごす部屋

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 21時。

 俺の荷物を持って、幸也君のマンションへ帰って来た。初めて遊びに来た時はガランとして見えた部屋なのに、今は印象が違う。一気に物が増えたからだ。物が少ないタイプの部屋に、多い方の俺がやって来た。幸也君が珈琲を入れながら、部屋の中を見て笑っている。

「荷物の多いやつだなー?そんなに必要か?」
「これでも厳選して持ってきたんだよ。大学は行けないけど、授業関連は持ってきたんだ。レポート課題があるし。パソコン、ノート、筆記用具。太郎の関連グッズ」
「太郎君の分は、身の回り品だ。お前の分のことだ。甘酒製造機は家に置いてこい」
「いいだろー。大事な物だもん。考案ノートが10冊、おやつのアーモンド、クルミ。着替えが3日分。洗剤で気に入ったものがあるから、持ってきた」
「お母さんが困るだろ。持って来たら。ああ……、ストックがあるのか。4人家族だもんな……」

 やれやれと、ため息をつかれてしまった。そんなに多いだろうか?幸也君が少なすぎるからだ。グルっと眺めると、たしかに多い気がして来た。

「本当に夜逃げしてきたからなー。仕方ないか。そのうち荷物をどうにかする」
「今日から、どこで寝ればいいかな?さすがに毛布は持って来れなくて……」
「向こうの部屋のベッドだ。俺と一緒に。何を言っているんだ?」

(え?一緒に寝ないって言ったのに?)

 珈琲の匂いが近くなり、やっと幸也君が隣に来たことに気づいた。じっと見つめていると、タオルで覆われてしまった。見るなと言っている。さっきのセリフを返してやる。

「何を言ってるんだよ?一緒に寝ないって、宣言しただろ。だから聞いているのに」
「そのまま寝ればいい。あの時とは関係が違う」
「そのままって?」
「テレビを観ておけ」

 テレビが付けられた。ニュースが流れていた。すぐに連想するのは、ディアドロップのことだ。人気バンドだから、全国ニュースで流れるだろう。こんな事件で、久弥の写真を使ってほしくない。まるで犯罪者ようだ。
 
「チャンネルを変えるぞー」
「ありがとう……」
「さあ、飲め。風呂あがりだ。湯冷めするぞ」
「うん。あつい……。でも、美味しい」

 いつもの珈琲なのに、今日は特に美味しく感じた。手先が冷たいから、カップが熱く感じだ。あちち。そう呟くと、幸也君からカップを取られてテーブルに置かれた。そして、右手を取られて、指先を見つめられた。一つ一つの仕草が、ゆっくり流れている。至近距離には、彼の目を伏せがちにした顔がある。何度もキスをした唇を見つめた。柔らかくないのに気持ちがよかった。 

「指先が冷えているぞ。湯船に浸かってきたのか?」
「ちゃんと浸かったよ。今日は寒いもんね。ここは温かいよ。暖房がきいてるし‥」

 胸がドキドキした。これから後は、もっと近づくのに。テレビからの音声が遠くに聞こえて、心臓の音が耳に響いてきた。

「モノ作りをしているわりには、細い指だな」
「幸也君も、まっすぐな指だね。大きな手だけど」
「よく言われる。節が目立たないだろう。大きくてよかった。女性の手みたいだ」
「ははは。あの……」
「理久。目をとじろ」
「うん……」

(えーっと、その、どうしたらいいのかな‥)

 力を抜けと囁かれた。キスをしたことがあるのに、体が緊張して動けない。無理にされることはなくて、至近距離を保っている。怖くない、そう呟かれた。

 そっと抱き寄せられた時、テーブルからラインの着信が鳴った。緊張しているから、手に取ることが出来ない。それに今は、それどころではない。この勢いがなくなれば、逃げ出しそうだ。幸也君から促されても、動かなかった。

「今はだめだよ」
「家からの連絡かもしれない。見ておけ」
「うん……」

 スマホを取られて受け取った。涼介からのラインが入っていた。とっさに開いたのは、習慣になっているからだ。届くたびに嬉しくて、何をやっていても優先して読んでいた。この場でも変わらないなんて。

(好きなのかな?今も……)

「何て書いてあるんだ?心配されているだろう」
「えーっとね。修輔と、大食いチャレンジの店に来ているって。ああー、完食したんだって!見てよ、大きな丼があるよー」
「おおー、10人前か?カツ丼か?」
「カレーって書いてある。楽しそうだなー」

 涼介と修輔が並んでの、自撮り写真がついていた。テーブルには大きな丼があり、チャレンジしたのは涼介の方だった。この弾けるような笑顔を見て、胸が痛くなった。活発で物怖じない性格をしている。人の気持ちを大事にする。こういう子になりたいと願ってきた。目の前に、理想の姿があった。それを恋愛感情だと勘違いしたのか?

 どうした?そう聞かれたから、正直に答えた。涼介のことが好きだったことを。恋愛感情だと思っていたが、憧れだったことに気づいたことも。 

「この後は、合コンに行くんだって。大学の友達の。こういう子になりたかったよー」
「それは違うだろう。恋愛感情で好きだったと思うぞ?すぐにラインを開いたじゃないか。ここに俺がいても。友達なら後回しにしないか?何かある時は電話があるはずだろう?」
「そんなことないよ!幸也君のことが好きだよ」
「分かっている。ここへ来てくれたんだ。気持ちを否定できないし、君もするな。大事にしておけ。多少は妬くぞ?それだけ、君のことが好きだから」
「幸也君、大好きだよ」

 こんな時に泣いてどうするのか。指先で目元を拭かれた後、唇が温かくなった。何度もキスをしていると、さらに体が近づいた。

「ベッドに連れて行ってもいいか?」
「うん。いいよ……」

 そう答えるだけで精いっぱいだった。ベッドに寝かされた後も、目を閉じていた。

 天井の照明を落とした後、ベッドサイドの灯りがつけられた。見上げた先には、上半身を脱いだ幸也君がいる。まるで別人のようだ。
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