青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 今日は家の中に上がっていかずに、玄関で話をして帰る予定だ。ママの方で荷物を作ってくれてあり、俺は黒豆の甘煮が入った紙袋を渡された。マンションを出た後、近くにある大型書店の駐車場で黒崎と待ち合わせをして帰ることになる。一貴さんも乗っている車だ。

 そういうわけで、時間には余裕があるとママに伝えた。しかし、そうゆっくりする時間も無くて、やっぱり玄関で挨拶することになった。そして、ユーリーは笑顔こそ浮かべているが、黙ったままでいる。機嫌が悪いわけではない。余計な事を言わないようにしているのだと分かった。彼の方がここに来るのを決めたのに。

「ママ、あけましておめでとう」
「おめでとう。テレビを観たわよ。もう次のバンドのレコーディングが始まっているそうね。裕理君の作詞だって、テレビ番組で紹介されていたわよ」
「そうなんだよ。ねえ、ユーリー。何か話したら?ママ、ユーリーが緊張しているんだよ。ほら、あけましておめでとうございますって言えよ~」
「あけましておめでとうございます」
「おめでとう。それはそうよね。私と会ったのは、ユリウス君が小さかった頃だもの。私、全然笑っていなかったから、怖い人だっていう記憶なんでしょう?ごめんなさい。でも、あなたの方からここに来るって言ってもらえて嬉しかったのよ。すっかりおばさんになったでしょう?でも、事務所の中は若いスタッフが多いから、刺激を貰うことで若くいられていると思っているのよ」
「いえ、いつまでも若いと思います」
「ユーリー……」

 ユーリーがニコッと笑った。それは“よそ行きの笑顔だと分かった。お義父さんの前ではゲラゲラと大声で笑っているのに。言い出したら聞かずに怒り出すこともあるし、駄々をこねるときもある。お義父さんとママ。ユーリーにとっては、どっちも子供時代には怖い相手だったとして、どうしてこんなに違いがあるのだろう。

 ママは黒崎のように誤解されがちなのだろうか。一度も腕に抱いて貰っていないとは思えない。だから、記憶違いではないだろうか。しかし、黒崎と二葉のママに対する記憶はよく似ている。だから、お母さんの腕という記憶が無いと言われると頷くしかないのに、なぜかママを前にすると、そう思えない自分がいる。

「ユリウス君。二葉から何か聞いているんでしょう……。言ってくれていいのよ。あんたの顔なんて見たくないっていう伝言を貰ったって……」
「ママ、二葉はそんなこと、言っていないよ。今日も見送りをしてくれたんだ。俺達が見えなくなるまで手を振ってくれたんだよ」
「夏樹君。ありがとう。私ね、二葉と朝陽には悪いことをしたの。二葉には、こういう生き方をしなさいって、自分流の生き方を押しつけたのよ。人間は産まれてきた以上、何かをして生きていかないといけないから、小学生のうちにモデルにならないかって声を掛けられた二葉には、チャンスを掴んで貰いたかったの。引っ込み思案なところがあるから、一度、人前に出て貰いたかったのよ。だって、あの子、ホストにはまるタイプだと思ったからなの。真面目だもの。そうなるに決まっていると思ったから、早いうちに大人の世界を見させておいて、機嫌を取ってくる人には何か裏があると理解して生きていって貰いたかった。それにはモデルの仕事はちょうど良かったのよ。一度だけやってみて、すぐ辞めても良かったのよ。次がないかもしれないって思って、親に言われた通りに、家で練習してきたとおりに受け答えをする11歳ぐらいからモデル経験を積んでいる子を見てきた経験から言うと、そういう子のことも見て欲しかった。なんとかしてチャンスを掴みたい一心ならいいんだけど、親からの愛情が欲しくてそうする子がいるっていうのを知って欲しかったの。これから生きていく世界には露骨に嫌なことがあって、その中で愛情を求めても裏切られて、でも、愛情が貰えることもあって、そうやって友達を作っていくんだってことをね」
「ママ……」

 黒崎がかつて俺に、ママに対してこう思っているのだと教えてくれた。勝手に産んでおいて、自立して生きなさいだなんて、それこそ勝手な話なんじゃないかと。それを聞いたとき、俺は強く共感した。黒崎は産まれてきたかったわけじゃないと言っていた。気がついたら産まれてきていたのだと言っていた。

 勝手に産まれたのでは無く、自分のことを作った人がいるから産まれたのだと。自分の子孫を残したいという本能という欲求から来たのか、何を思って自分のことを作ったのかと、親のことを呪いたいと言っていた。それにも俺は共感できた。
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