青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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15-20(黒崎視点)

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 16時。

 これから夏樹の病室に戻るところだ。今夜の着替えと明日の朝の着替えを用意して持ってきた。夏樹が大学でしているファッションの浅草&大阪ミックスカジュアルを持ってきた。今回は俺のコーディネートではない。夏樹の元気を出させる目的がある。

(夏樹……。これだけで元気になるだろうか……。大学生活の最後は俺が選んだスーツだった。本当はこれが着たかったんじゃないか……)

 持ってきたのは、大きなトラの顔がブリンされたTシャツと、浅草で買ってきたパーカーだ。商売繁盛をいう文字が入っている。そして、ハンカチは唐草模様だ。これを着ている夏樹が浅草を歩いているとき、よく海外観光客から声を掛けられていた。見かけはハーフに見えるから、自分たちと同じ観光客だと思い、どこで買ってきたのかと話しかけられたというわけだ。そして、自分と同じグループだと思い、移動のバスに乗ろうと手を引かれたこともある。その時は一貴と悠人が一緒に居て、彼らに現地の人間であることを説明したそうだ。

(夏樹……。だんだんマデリンに似てくる。不思議だな。お義母さんはマデリンに似ている部分はあるが、父親似だと言っていた。俺もそう思う。それなのに、夏樹はマデリンだ)

 脳裏には懐かしい光景が浮かんできた。高校3年生の夏に海のそばの土地に行き、マデリンから英会話を習った。父がかつてプロポーズした女性だと聞いてあったから、どんな人かと期待した。とても優しい人なのだろうと思っていた。ところが会ってみると口が悪くて、どうしてこんな人のことをが好きになったのかと驚いた。

(夏樹の口の悪さはマデリンに似ている……)

 あの人に会いたくなった。元気にしていることは、この間の電話で分かった。流暢な日本語で語りかけられて、日本に住み始めて長いことを感じさせられた。夏樹はマデリンと祖父と話して楽しそうだった。

 祖父とマデリンにはこんなことがあったそうだ。祖父がどういう経過だったのか、洗濯物を車のドアに挟んだままで発進させて、目的地である整形外科に到着しても気づかずに病院に入ってしまい、車のそばに落ちた洗濯物を介護事業者の人が拾ってくれて、車の上に置いてくれていたことがあるという。祖父は自分の年齢を感じて恥ずかしくなったそうだ。マデリンもだ。その話を夏樹にしてやっているマデリンは、夫婦でなんとかやっているわよと笑っていた。

(ん?おばあちゃんと孫か……)

 エレベーターが7階に上がり、下りたところで、病室から車椅子で出てきた高齢女性との3人連れに会った。車椅子に座った祖母と娘と孫娘という組み合わせだと思った。話の端々から、おばあさんには物忘れがあり、孫の顔が分からないということを話しているのだと分かった。俺は行儀が悪いが、適当にその辺に立って、会話を盗み聞きすることにした。

「ごめんね。あなたの顔が分からないの……」
「おばあちゃん、いいのよ。6年ぶりに会ったんだもの。私の顔を忘れても仕方が無いわよ。電話では話していたけど、おばあちゃん、ビデオ通話ができないから……」

 おばあさんが沈んだ顔をしている。孫の方はそうでもない。どうやら遠くに住んでいるか、こっちに帰ってきたのか。海外かも知れないと思った。母親も娘にごめんねと言っている。おばあさんは娘の顔は分かるようだ。何とも胸が痛くなった。

「お母さん、私、顔が変わったかしら?おばあちゃんが分からないんだもの……」
「そんなことはないわよ。同じ顔よ。ごめんね。おばあちゃん、さっきまで昼寝をしていたから、寝ぼけているんだと思うの。夜寝られなくなるから起きていないといけなのに……」
「いいのよ。退院した後は老人ホームに行くんでしょう?心が揺れているかも知れないわよ。あ、施設が可哀想だっていうんじゃないのよ。いい施設に決まっているもの。部屋が広くて、食事が美味しくて、スタッフの人が優しいって聞いたの。おばあちゃん、91歳だもん。物忘れはあるわよ……」
「そう?そう言ってもらえてよかったわ……。この間まで、あなたのことを呼んでいたのに……」

 それを聞いて、また俺は胸が痛くなった。物忘れの症状は環境や日によって違いがあるということなのだと知った。俺の父が91歳になるまで7年あるが、元気で居てくれるだろうか。母はまだまだ若い。こういう光景に入るまでには長い年数が掛かる。
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