青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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25-15(黒崎視点)

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 16時半。

 待ち合わせのホテルに到着した。ホテルの車寄せにタクシーが停車し、俺達を下ろした。そして、スタッフから迎えられて、夏樹と朝陽を連れてエントランスに入った。荷物といえば、谷本に渡すカンテールの焼き菓子の詰め合わせと、親子鑑定の検査キットの入った紙袋ぐらいしか無い。後は財布とスマートフォンと車の鍵だ。先にホテルにチェックインを済ませてきて正解だったと言える。夏樹達も荷物が少ない。この後で中山家に行くため、焼き菓子の詰め合わせぐらいが荷物だ。気持ちだけでも軽い方が良いだろう。

「黒崎様。お待ちしておりました」
「ありがとう」

 スタッフから迎えられて、俺達はチェックインカウンターへ向かった。夏樹達にはソファーで待たせておいて、俺がカウンターの椅子に座った。そして、署名をした。黒崎圭一と。昔は烏丸圭一という名前だったことを思い出した。ピアノのレッスンを受ける際に、俺は烏丸君と呼ばれていた。それがある日突然、圭一君と呼ばれるようになり、それに慣れてきた頃に、俺は今の名前になった。両親が結婚したからだ。

 もしかしたら俺は倉口に育てられていたのかと思うと、人の運命というのは分からない物だと思った。母が強引に俺のことを連れて行けば、そうなっていただろう。そして、俺は倉口のことを父と呼んでいたのか。今日彼に言ったとおり、母とのことを知るまでは信頼していた。

 今日の倉口の言葉を振り返った。俺は偉そうな子供だったのだろうか。俺が出かけるときに乗るのは父の車だった。拓海兄さんの車ではなかった。俺が出かけるときには父がいて、倉口が車のドアを開けて待っており、俺は楽しい気持ちで倉口に挨拶をしていた覚えがある。倉口さん、こんにちはと。拓海お兄ちゃんは今日はいないんだと。拓海兄さんと出かけるときも父の車で、倉口の運転だった。父と兄。どちらかと出かけており、母と出かけた記憶はおぼろげだ。

 俺は倉口に挨拶するときには、拓海兄さんから習ったとおりにした。元気よく、笑顔で、こんにちはと言った。子供らしかったと思う。車の中での会話も同じだ。何度も倉口に話しかけては会話をした。端から見ても可愛らしい子供だったと言える。恨まれる覚えは無い。これで憎たらしいガキだったと言える態度なら、俺は謝れる。しかし、そうではない。

 ところで、倉口はここに来るだろうか。朝陽と谷本との検査ができればそれでいいわけではない。倉口との検査もしておきたい。今日の家の中でもサンプルの摂取は出来たのだが、後で疑念を持たれないように、3人が揃った状態で検査を行うことにしてある。今日来なければ、どうするかと考えた。家まで行って、サンプルを採ってくるか。倉口のことを強引にタクシーに乗せることも出来たが、心を落ち着ける時間が必要だろうと、家に残してきた。

(谷本さんとの検査は出来る。倉口との検査は後日でも構わないか……)

 手間を掛けさせられた。そんなことは思いたくない。だから、約束通りにここに来てもらいたい。しかし、倉口の意志があり、急病だと言って来ない可能性もある。その時はその時だと考えている。

 署名を済ませた後、椅子から立ち上がった。待ち合わせの部屋はここの12階だ。言い争いが起きればスタッフが知らぬふりをしてくれることになっている。そして、ここに勤める俺の知り合いが仲裁を手伝ってくれる。口の堅い男だ。

「先生……」
「倉口君!」

 すると、朝陽の声がした。先生と呼んでいる。その視線の先には男性が立っていた。朝陽のことを旧姓で呼んだ。背格好が朝陽とよく似た男性だった。谷本だ。俺は彼の姿を見て、父親に違いないと思った。

 朝陽がソファーから立ち上がると、谷本が彼の元に歩いてきた。そして、俺と夏樹に挨拶をした。谷本ですと。それに対して俺も挨拶をした。黒崎ですと。そして、夏樹のことはパートナーだと伝えた。父の養子でもあり、口は堅く、信頼できることと、なにより朝陽が信頼しており、そばに居た方がいいと判断したと説明した。すると、谷本が頷いた。

「ナツキさんですよね。テレビで観たことがあるし、曲も聴いたことがあります。生徒にファンが多くって……」
「ありがとうございます。……黒崎さん。もう部屋に上がった方が良いかな。ここだと人が多いし……」
「そうだな。上がろう」
「ご案内します」

 俺達のそばには俺の知り合いがいた。ここの支配人の山田だ。秘密を守るために、騒動を防ぐために、今日は彼が案内してくれる。俺達は山田の後を歩き、エレベーターへと向かった。俺達の後ろには谷本と朝陽が歩いている。朝陽は習ったことが無いが、生徒に人気のある教員であり、何度か話したことがあるという。朝陽は緊張するかと思えばそうでもなく、すでに知っている相手だということもあり、打ち解けた様子だ。そして、部屋に着き、山田によってドアが開かれた。
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