聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 エレベーターで地下に降りた。自動扉の向こうには、見慣れた黒い車が停まっていた。早瀬が笑顔で手を振ってきた。その奥には黒崎さんの車が停まっていて、夏樹が向かった。じゃあね!と声をかけて、それぞれが乗り込んだ。

「裕理さーん。ただいまー!」
「おかえり。いい顔をしているぞ。頑張ったんだね」
「うん。きっちりやってきたよー」
「えらいぞー」

 チューっと、頬に吸引力のいいキスを受け取った。いつも思うことだが、掃除機にすると売れそうだ。このままだとキスマークが付きそうだ。身をよじって逃げようとすると、さらに唇にも受け取った。

「んがーーっ」
「色気のない子だな。後ろにお土産があるぞ。何か当ててごらん」
「なにかなー?」

 そこに置いてあるのは、ピークラウンジと書かれた紙袋だった。食べ物系だ。もう一つの大きな袋からは、本の匂いがしている。お父さんから渡されたものだと察した。

「クンクン。今日のお店のやつだね?甘い匂いがするんだよ。バター系。フライっぽくないんだよねーー」
「ほぼ正解だ」

 キミの鼻には頭が下がると言いながら、紙袋の中を見せてくれた。スコーンとサンドイッチ、オードブル系が包まれている。お父さんと一緒に食べたエビかつサンドが美味しかったと聞き、いっそう空腹になった。グーグー鳴っているから、何が入っているんだ?と、早瀬が笑いながら腹回りを触ってきた。

「自分でも分からないよ。大食いチャンピオンに挑戦しようかなー?」
「やめておけ。ますます、ひいい兄さんだと呼ばれるぞ?君のことだ。ひいいいっ、げえええって、リアクションをするに決まっている。収録ではウケてもらったか?」
「もうーー。佐久弥から聞いたの?」
「やっぱりそうなのか。キミの長所だ。笑いたくなくても笑える」
「好きでウケていないから。リアクションしてないのに笑うんだよ!」
「ははは。味噌汁づくりが趣味にして正解だったなあ。俺がすり替えたんだぞ?」
「もう……」
「ウシになるのか?メエメエか?どっちだ?」
「言わないからね!」

 そう怒るなと言っているわりには、しつこく笑っている。相手にするのがアホらしいから、窓の方を向いてやった。すると今度は、早瀬が後部座席から何かを取り出している。大きな紙袋の方だ。気になりつつも知らないふりをした。思い出のものだろう。

「悠人君。気づかいをありがとう。帰るまで眺めていてくれ。俺の赤ん坊のときの写真だ。母も写っている。笑っていいぞ」
「うん。どんな子だったのかな?お母さんに似ているのかな?」
「さあ、どうかな?」

 さっと渡されたのは、小さなアルバムだ。少し色あせた写真が並んでいる。早瀬の赤ちゃんの時だ。この子が早瀬なのかと、不思議な気持ちになった。お母さん似だと思った。

 お店の中でも写っている写真があった。お母さんがグランドピアノをバックにして、綺麗なワンピースを着ている。歌手をしていたのかな?お母さんに似ているから、歌が上手なのかな?

「お母さん。お店で歌ってたのかー。すっごい上手なんだろうね」
「そうだろうなあ。さすがに動画が残っていないから残念だ」
「今の時代なら残すけどねー」
「ありがとう」
「どうして?」
「いや、何でもない。さあ、出るか」 

 車が発進して駐車場を出て行った。その後、わいわい話しながら我が家に向かった。膝の上に置いたバッグには古い楽譜も入っている。誰の物か分からないそうだ。お父さんの物だろうか。早瀬が笑っていたから良かった。

 今夜は早瀬の話をメインで聞きたい。そう宣言すると無理をするなと言って笑われたから、助手席からブルーキックしてやった。こうして1日が過ぎていった。
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