聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 14時。

 本日のメインイベントである、レインボーブリッジ遊歩道の近くまでやって来た。この芝浦ふ頭の近くにあるレストランで昼ご飯を済ませたばかりだから、やや動きづらい。遊歩道からのんびりと景色を眺めるという、俺たちにはめずらしく落ち着いたデートになるだろう。

 駐車場に車を停めた後、道に引いてある表示通りに歩いてきた。"遊歩道” の看板があり、奥にはガラス張りの建物があった。平日の月曜日だからなのか、人が少ないようだ。

「ゆうとくーん。楽しめそうだね?人が少なくて」
「うん。ゆっくり歩けるね。写真も撮り放題だよ。絶景の順番待ちをしなくてもいいし。休みが取れてよかったねー」
「そういう意味じゃないぞー?」
「なんでー?」
「絶景を見ながら悪いことをしたいからだ」
「トリャー!」
「何を想像したんだー?」

 早瀬が冗談を言い、その度に言い返した。わざと怒らせたり、笑わせたりされている。それには理由がある。建物に入りつつ、この間のことを思い出した。

 7日の早瀬の誕生日には、早瀬のお父さんと俺の母と遠藤さんとで話し合いをした。森井物産の噂が業界に広がり、業績に影響が出ているそうだ。すぐに記事が出せる段階でもある。その他にも話があった。母が代表を務めている”ミユー企画”の件だ。ミルティーのグッズで業務提携したいという企業が声をかけてきたそうだ。プラセルコーポレーションという。その話を聞いて嬉しかったが、森井物産が倒産することも聞いた。

 話し合いはスムーズに進んだ。早瀬のお父さんが記事のストップをかけることになった。そして、これから先もお父さんは辞めずに千尋製菓に残ることも教えてくれた。仕事が面白くなったし、引退後にやることがないから良かったと言って貰えた。

「ゆうとくーん。何を思い出しているんだ?」
「この間のことだよ。お父さんが仕事を続けるのって……」
「話していた通りだ。莉奈のこともあるから、引退を伸ばすだけだ。家族で団結して決めたことだ。家族の中には君も入っている。無理に笑えとは言わない。自分を責めるな。いいか?」
「うん。ごめんね」
「はいはい。手が掛かる子だね。可愛いよ」

 チュッと頬にキスをされた。そして、案内版を眺めながら、北と南、どっちのルートがいいかな?と選び始めた。ガラス張りの向こうには、レインボーブリッジの一部が見えている。コンクリート壁には ”台車の貸し出し” と出ている。その下には、カラフルな台車が何台も置かれていた。自転車を運ぶためらしい。

「ふむふむ。自転車を押していくのは大変だもんねー。けっこう利用者がいるんだね」
「いいアイデアだな。それに乗せてあげようか?後ろから押してやる」
「もう。そんなことしちゃダメだよ。子供っぽいよー?」
「乗っているところを想像した。似合っているぞ。はーい、カタ……」
「だめだってーー」

 強引に台車を地面に置いたから、それを片づけてやった。何度も繰り返すからアホらしくなり、先に遊歩道へ行くことにした。迷子にはならない。表示通りに進むしかない。

「ゆうとくーん。迷子になるぞー」
「アプリが平気。あああ……。案内表示があるから大丈夫!」

 さらに名前を呼ばれたが、無視して歩きだした。少しだけ振り返ると、早瀬がやれやれと苦笑しながら歩いて来ていたから、わざとスピードを落として歩いた。すると今度は別の方向へ歩いている。

「どこに行くんだよー?」
「君のこそ。どこに行くんだ?」
「こっちだろー?表示通りだもん」
「そうだね。俺は自動販売機へ行きたい。ゴールまでに喉が渇くから」
「俺も買う。紅茶はあるかな?」
「どうかな?こっちへ来てごらん。見ないと分からないぞ?」
「へへへ……」

 元通りになるキッカケが欲しかった。ジュースが買いたいのだと付け加えて、そばへ歩いて行った。本当のことはバレているから、今更感はある。

 自動販売機を見ると、目当てのものがあった。ここから30分は歩くし、途中には休憩スポットがあるのみだ。もう一本買っておいた方がいいだろうか?

「もう一本買おうかな?でも、途中で冷めるよね。飲んだらトイレに行きたくなるし」
「そうだ。トイレを済ませておけ。向こうに表示が出ている」
「うん、行ってくる。待っててね」
「はいはい。どこにも行かない……とは思う」
「もう……」

 背中を押されてトイレへと向かった。気になって振り返ると、早瀬がそこから観える景色を眺めていた。考えごとをしているのか?どちらにしろ、今は一人になる時間が必要なのだろうと思った。
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