聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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7-1 何度も名前を呼んだ日(早瀬視点)

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 1月4日、月曜日。午前6時。

 出勤の支度のために寝室へ入り、本日の予定を思い浮かべた。午前中の年始式典では、役職者が集まり、社長のあいさつを聞く。簡単な祝賀式の後、新年の挨拶まわりが行われる。営業企画部にも多数の企業から訪ねてくる。15分刻みのスケジュールだ。

「ゆうとくーん。今日は遅くなる。ああ、居ないのか……」

 こうして呼びかけたのは、何度目か?遠藤社長宅で過ごしているのに。正月休みの間は、毎日会いに行った。二人で黒崎家を訪ねることもできた。これだけは良かった。そうなると普段から変わらない光景だ。夜は電話で話している。

 そばのベッドへ視線を向けた。一人分のシーツの乱れがある。悠人が寝ている方には付いていない。月に2度の出張で離れているが、今回は意味合いが違う。

 キッチンへ入ると閑散としていた。味噌汁の匂いがない。一人暮らし時代を思い出させた。会社との往復だから生活感がなかった。

「ブルーのマグカップか……」

 悠人が気に入っているマグカップを眺めた。一人暮らしなら置くわけがない。今ごろ、どうしているだろう?壁の時計を見ると、もう6時になっていた。この時間なら朝食を取っているだろう。

(お手伝いをしているか?お米を研いでいるか?)

 遠藤さんの家は和食の朝ごはんだよと言って笑っていた。悠人の作った味噌汁が活躍しているそうだ。美味しいのよと言いながら、佳代子さんが笑っていた。

(ワカメが適量なのか。うちでは増量なのに……)

 いくら遠藤さん宅でも気を遣っている。きちんと作ろうとしているからだ。可愛がられているから安心している。

 あの子には沢山の応援団がついている。ひとり、またひとりと増えていった。礼儀正しさと優しさに惹かれてのことだ。自然と応援したくなる。今回のことを乗り切れるはずだ。

 中山弁護士が都内に到着した。打ち合わせを済ませた後、一週間、都内のホテルに滞在する。全ての動きに警戒してのことだ。中山さんから晩酌に付き合ってくれと声が掛かっている。気遣われてのことだろう。

(ロールパンを差し入れしようか。悠人からだ……)

 悠人からラインが入った。ふと悪戯心が芽生えた。寂しそうな顔で画面に向かっているだろう。食べ物の話をしてやろう。

「……『おはよう。朝ごはんは食べた?玉子焼き?』……可愛いなあ。早く苛めたい。『オムレツだよ。チリトマトソースをかけて』送信。……さっそく掛かってきたか」

 嘘に決まっているのに。悠人も気づいているのか?わざと話に乗ったのか。さっそく電話に出ると、拗ねたような声が聞こえてきた。ふっと寂しさが消えた。

「……もしもし。そのメニューは新しいやつだよね?いつから作っていたのー?」
「昨日夜だよ。ストックもあるから、今夜も食べる。鶏肉のソテーに掛けても美味しそうだ」
「……帰ったら作ってね。裕理さんのご飯が食べたいよー」
「さすがに疲れている。今度作ろうかな」
「……元気ならよかった。食べているなら」
「昨日も会ったじゃないか。晩ご飯も一緒に食べた。寝る前も話しただろう。甘えっ子になったね」
「……裕理さんのことが心配だもん。もう支度するよね。気をつけて行って来てね!」

 通話を終えると同時に、新しい寂しさが流れ込んできた。一人で過ごすことが出来なくなった。

 ラインを開いた。大学時代の友人や、バンド繋がりの相手からメッセージが入っている。飲み会の誘いが多い。普段と変わりない。付き合いが減ったと思われているが、当然のことだ。

 そこで、”植本修也” からのメッセージで指先を止めた。10年来の付き合いになる友人だ。今回の騒動を心配している一人だ。ベテルギウスのギタリストとして活動するなかで、薬物の噂を立てられたことがあった。ライバル関係が出処なのは分かり切っていた。現在は、妬みすら受けづらい位置まで来ている。

 森井物産とは無関係でも、それに乗って噂を広げる輩がいる。ヴィジブルレイの活動を阻むことや、佐久弥への妬みが理由だ。さっそく噂を広めている人間がいた。植本からのメッセージにある。

「EMIRIが狙っている。佐久弥も知っていた。押さえつけておいた、か……」

 EMIRIは元・ディアドロップのボーカリストだ。佐久弥の成功をよく思っておらず、予測通りに動き始めた。悠人だけではなく、佐久弥も怪しいのだと噂を広げているそうだ。しかし、あいつが言い出したことだと、ほとんどの人間が取り合っていない。些細なことでもIKUへ伝え、中山弁護士へ伝達される。バックアップ体制は万全だ。

 後は自分が力をつけるのみだ。黒崎社長からの提案を頭に描いた。数年後にはグループ会社を任せると言われた。おそらくR&W社になるだろうということだった。

 自分にとっては都合がいい。広告系を自分の力で押さえておけば、悠人達のことを守れる。それには、冷たい目をした自分を掘り返すしかない。ジレンマと一緒にリビングに行った。
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