聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 マンションを出てタクシーに乗り込み、すぐに電子新聞に目を通した。そして、ニュースサイトをチェックし、森井物産の記事を読んだ。特に大きな動きはない。

 さらに読み進めていくと、千尋製菓の記事に行き当たった。業績が好調の波に乗ったとある。黒崎製菓の新シリーズの菓子も好調だと掲載されている。報道系の圧力がかかる材料になるだろう。

 するとその時だ。親父から電話が入った。他愛ない話でも連絡を寄越してくる。気遣われているのだろう。

「おはよう。何か動きがあったのか?」
「特に変わったことはないよ。記事はストップがかかっている。全ての記者をシャットアウト出来ないが……」
「それは仕方がない。黒崎製菓がやってもだ。強引なことをするとイメージが悪くなる。跳ね返りがあるからね」
「社長は……、おじいちゃんから連絡はあったか?」
「まだないよ。悠人と別れろって?」
「……その反対だ。悠人君のサポート体制を知って驚いていた。そういう子だったのかと。有利になると口にしていた。中山弁護士のことも大きい」

 なるほど。ため息しか出てこない。祖父からすれば、縁を持っておきたい相手になったわけだ。祖父は力のある人間とのみ縁を持ちたがる。自分の力では泳げない様子だ。この年になって分かったことだ。ここ最近の希望である、黒崎家との縁談が蹴られたどころか、思いきり溝に捨てて流された状況になった。黒崎社長からではない。本人の兄である黒崎からだった。

 祖父の口から“倉口二葉”の名前が出たのは、一度のみだった。その後は全て“黒崎家の娘”という表現だった。失礼だ。だから、黒崎が”そういう子はいません”と答えたのだろう。妹の誇りを守るために、咄嗟に出せた返事だ。悠人のことを守れない自分とは対照的だ。

 今回麻薬事件に絡んだのが夏樹だったら?黒崎社長の力は借りこそすれ、黒崎本人のみでカバーするだろう。こういうことを思うほど、今の自分は沈み込んでいる。初めてだと思う。人と比べて悔しい思いをするのは。

「……裕理。どうした?」

 ぼんやりしていたのか?名前を呼ばれて我に返った。こういうことすら、ほとんどなかった。この声は、俺のことを守っている人のものだ。守る存在だと思っていたのに。

「……何かあったのか?」
「考え事をしていたよ。うるさい口が減ったのなら良かった」
「……今回のことが悔しいのか?力がないと呟いていただろう。聞き逃さないぞ」
「お父さん、耳がいいね。仕方のないことだ。大事な子を守り切りたいのに、まだ無理だと分かっている」
「……あと5年だ。その頃には望んでいる力があるぞ。最初の就職から5年後に大きく変わった。黒崎ホールディングスの独立あたりだ。ここでケツに火が付いたなら、同じ年数がかかる」
「今から欲しい。どこかで売っていないかな?」

 冗談で口にしたことだ。笑い飛ばすと予想してのことだが、親父が押し黙ってしまった。叱られるのかと待っていると、僕にも力がないと苦笑された。

「今回は力を発揮したじゃないか」
「……ははは。ありがとう。認めてもらえたか。うちの社長が引退した後のことだが、プラセルコーポレーションの、島川代表取締役を迎える話があっただろう?蹴られて流れた話だ。……島川氏と知り合いなのか?」
「知り合いってほどじゃないよ」
「……そうか。ワタベ電機の社長から見込まれたから、嫉妬されたんじゃないのか?」

 島川の話題が出てきたことが不思議だ。俺とは仕事上での接点はない。たまたま知り合っただけだ。セミナーの後、島川と話したようだが、全く覚えていない。それだけ印象に残らない話だったという証だ。とてもそうは思えないのに。
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