聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 裕理さん。名前を呼んでも聞こえないのに。

 雨が降っているなか、早瀬と中山弁護士が警察官へ対応している。2台のパトカーには、俺たちを囲んでいた人達が乗っている。

 リビングの窓越しでは遠すぎて、詳しいことが分からない。まずは家の中に入るように言われた。この後で警察から事情を聞かれるそうだ。佳代子さんが遠藤さんに連絡を取り、今からIKUの飯野さんが来てくれることになった。

(病院へ行く前は居なかったのに……)

 ああして訪ねて来るのは初めてのことではない。しかし、想像した記者とは違っていた。佐久弥が囲まれていた時は、どの記者も回り道のない質問をしていたのに。今回はまわりくどかった。

「なつきー、落ち着いた?」
「うん。ごめんね。ヒートアップしていたよ」
「心強かったよ。佳代子さんを守ってくれただろー」

 母の恋人が麻薬密輸の容疑を掛けられているのだと知った。記者の口からだ。そこで怯んだことで相手に隙を与えたから、取り囲まれるという、ああいう事態に発展した。そこで、我慢しきれなくなった夏樹が走って来た。俺のせいだ。

「裕理さん。ありがとう……」

 俺だけでは何も対処できなかった。まさかこんなことが起きるだなんて思っていなかった。あくまでも母が役員を勤めている会社のことで、プライベートとは何の関係もない。念のために体制が組まれたのだという認識だった

 しかし、いざ蓋を開けてみると、母の恋人が関係していた。大した知識のない自分でも理解できる。息子の俺も、一度は調べられることを。

「ゆうとー。お父さんが頑張るし、早瀬さんも来てくれたからね。守ってくれたじゃん」
「だめだよ。俺が余計なことをしてる……」
「そうじゃないって。巻き込まれたんだ」

 夏樹から肩を抱かれた。佳代子さんから温かいストールが掛けられた。お茶を用意したから休みなさいと。ここでも頷くしか出来ない。

 ソファーへ座ろうとすると、玄関の方が騒がしくなった。早瀬が入って来た。中山さんと警察官の姿もある。事情を聞かれるなら、しっかりしよう。せめてこれだけでも。

「悠人、おまたせ」
「裕理さん。ありがとう……」
「遅くなった。怖かっただろう」
「うん……」

 気持ちとは裏腹に、早瀬の顔が見えなくなるぐらいに涙が溢れてきた。すがりつくように両手を伸ばすと、抱きしめられた。冷たくなった身体が温かくなったと思ったら、気持ちが込み上げてきた。感情を抑えきれなくて、勝手に口から言葉が出てきた。

「遅いよ……っ、待ってたのに。怖かった。守るって言ったくせに」

 どうしてこんなことを言うのか。来てくれたじゃないか。八つ当たりでしかない。早瀬が困っている。みんなの前で恥ずかしいのに。

「ごめんね。もっと早くに出られたのに」
「遅すぎる。うぇ……うぇ……。何やってたんだよー」

 頭を撫でられたことで、さらに感情が爆発した。嗚咽のせいで、何を言っているのかも分からない。

 いつの間にかソファーへ座っていた。タオルで顔を拭かれては、抱き寄せられた。ときどきお茶を飲ませてもらい、気持ちが落ち着くまで待ってくれた。

 やっと嗚咽が治まり、体も温まった。早瀬から抱き寄せられたままで、警察官から事情を聞かれた。中山さんが傍らに座って、何度もフォローを入れてくれた。

 私たちは怖くありませんよ。よく頑張ったね。警察官にまで励まされた。だからこそ丁寧に答えていった。覚えている全ての事を話した。今は夏樹が話している。

「悠人が肩を引かれたのを見ました。身じろいだ時は、3回同じ動作をされました。灰色の線が入った上着を着た人です。佳代子さんがやめてくださいと言ったら、今度はメガネをかけた人が……。ごめんなさい……っ」
「なつきー……」

 夏樹の声が震え出した。涙声で謝り出した。自分が出てきたから騒ぎが大きくなったのではないかと。周りがそれを止めた。中山さんが夏樹の肩を抱いて褒めた。ちゃんと見ていたじゃないか。それはえらかった。悠人君が止めなかったら、大変なことになっていたかもしれないぞと。ありがとう。言葉に出せないままで、夏樹の手を握った。

 早瀬の声が聞こえた。頑張ったね。遅くなったね。美味しいものを食べよう。持ってきている。それを子守唄のように感じながら、最後まで話すことが出来た。
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