聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 17時。

 客間のベッドに座って、食事をしている。佳代子さんが作ってくれた、カボチャ入りのシチューだ。早瀬から飲ませてもらっている。俺が頼んだことだ。今日は甘えさせてもらいたい。ひとくち飲み込むたびに、身体が温まってくる。

「裕理さん。もっと飲みたい。ごほっ」
「はいはい。シチューは逃げないぞ」
「ロールパンが食べたい」

 自分でちぎって食べればいいのに。早瀬が小さくちぎって口に放り込んできた。それを飲み込んだ後は、お茶を飲ませてもらった。

「どうだ?お腹いっぱいか?進まなくなったぞ」
「うん。そろそろ……。田中屋に寄ってくれたの?」
「高野からの差し入れだ。明日、カボチャ食パンを買ってくる。予約を入れておいた」
「明日も来てね。食べさせてよー」
「はいはい。何でもする。遅くなった罰だ。これを片づけてくるよ」
「すぐに戻ってきてね……。ごほ」

 はいはいと、濡れたタオルで顔を拭かれた。汗をかいているからだ。部屋を出て行く、その後ろ姿を眺めた。すっかり普段通りに戻っている。

 助けに来てくれた時は腰が抜けそうなほどに怖かった。早瀬のことがだ。相手の男たちに向けた目だったが、もしも自分だったらと想像するだけでも震えそうだ。初めて見た姿だった。

「あの人も裕理さんなのか。氷点下マイナスなのか。ふむふむ」

 怖かったと話すと、誰でもそうなると呆れていた。君のことを守れないと言いながら、しっかり守っていると思う。俺と同じくネガティブなのか?一緒に居るうちに、移ったのだろうか?

「あれー?ごほっ、遅いなあ?」

 気がつくと時間が経っていた。トイレに行くふりをして、下へ降りていこうか。この部屋には、お風呂とトイレが付いている。アーティストを預かるからだ。他の口実を思い浮かべていると、雑誌のことを思い出した。リビングに置いてある。さっそく起き上がって、部屋から出た。

 下に降りると、リビングから数人の話し声が聞こえてきた。佳代子さんと早瀬しかないと思っていたのに。そっと顔を覗かせると、父と中山さんが座っていた。真っ先に俺のことに気づき、父が立ち上った。やつれた顔をしていた。

「悠人、具合はどうだ?遅くなってすまない」
「大丈夫だよ。心配かけてごめんね。あ……」

 いきなり抱きしめられた。肩が震えている。泣いているのか?そっと抱き返すと、早瀬と似たことを言い出した。中山君に丸投げ状態だと。中山さんが苦笑した。僕は企業のことが何も分からないと言いながら。

「お父さん。適材適所だよ。風邪がうつるよー?」

 ネガティブなのは親譲りだったのか。いや、誰でもこうなるのか。人に頼るのが恥ずかしくなくなった。当然のことだ。どっちが守られているのか分からないと、笑ってやった。

 今後のことを話し合っていたそうだ。早瀬が、悠人のことを連れて帰りたいと言い出したからだ。手元で守りたい。遠藤さんを信用していないのではないと言った。

 セキュリティ対策がしっかりしたマンションだから、不審者が入って来れない。エレベーターすら乗ることが出来ない。下の階の空き部屋を借りるから、IKUの待機場所に使ってくれと言い出した。申し出は嬉しいが、迷惑になりそうだ。今回に関係する人たちにも。

 本音では帰りたい。早瀬と一緒に居られるのなら。遠藤さんからはOKの返事が来たそうだ。あとは俺の返事待ちだ。

「どうする?一緒に帰らないか?」
「でも……」
「悠人君、悪いアイデアじゃないのよ?」

 佳代子さんから助け船が出された。数日間の俺の様子を見ると、どんどん元気がなくなった。早瀬が来たら顔色が良くなって、ずいぶんと食欲が出た。まるで子供のようだが、素直に認めた。20歳の男が情けないことだ。今は甘えよう。

「はい。家に帰ります」

 返事をしたことで、この場の全員が、ホッとため息をついた。それだけ沈み込んでいたのか。さっそく打ち合わせに入り、それが終わった後で帰ることになった。それまでベッドで寝ておく。

 もうすぐ夏樹が来てくれる。風邪をうつすから断ると、遠慮するなという伝言されたそうだ。今回は素直に喜んだ。
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