聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 17時。

 京橋駅でタクシーを降りた。今夜は早瀬と黒崎さんと島川さんと俺とで食事をする。黒崎製菓の一階にあるカフェが待ち合わせ場所だが、少し寄り道をする。デパートで見たいものがあるからだ。バレンタインデーのチョコレートだ。

「どんなのものがいいかなーー?」

 このイベントに参加したいと思い続けていた。黒崎製菓主催のイベントに遊びに行ったことはあるが、早瀬にチョコを渡したことはない。チョコ菓子が主力商品の企業に勤めている分、見るだけでも腹がいっぱいになる気がするし、なりよりも照れくさい。しかし、今年は素直になれた。

「あああ……。女の人ばかりだ……」

 目当てのフロアに辿り着いた。大量のチョコ商品が並んでいる。見事に女性客だらけだ。地下には洋菓子店があるから、もっと人が多いだろう。スイーツ男子も買いに行くらしい。勇気を出してみようかと迷っている。

「テキトーに選ぼうっと。え?これは甘そうだなー。カカオ72%か。ジュリエットシリーズが85%だったよね。ホワイトチョコか。好きじゃないもんなー。あ……」

 いつの間にか、男性が近くに居た。選んでいるのだろう。さっとスペースを開けた。地下の店も見てこよう。さっそく方向を変えようとした時、その男性から声を掛けられた。聞き覚えのある声だった。

 そこには島川さんが立っていた。彼もまた待ち合わせ場所に行く前に、ここに寄ったのか。雑誌に載っていた写真と同じイメージだ。自信に満ち溢れていてカッコいい。あれだけ大きな企業に育てた人だ。憧れてしまう。

「こんにちは。今日はありがとうございます」
「こちらこそ。チョコレートを選びに来たんだよ。オフィスの人たちに渡すから」
「地下に店があるから、もっと選べると思いますよ」
「君は行くのか?……そうか。一緒に行こう!」

 はい。そう返事をして、エスカレーターへ行こうとした。すると、バタバタと倒れる音が聞こえてきた。チョコが崩れて床に落ちていた。

 島川さんが慌てている。身体が当たったのか。すぐに近くにいた店員に声をかけて、落ちたものを購入すると話している。謝っている姿が丁寧な感じだ。

「おまたせ、行こうか」
「エスカレーターで下りましょう。あああ……」
「ああーー、しまった!」

 島川さんが声を上げた。立てかけてあったパネルに肩と腕が当たり、グラっと揺れて倒れそうになった。しかし、すぐに受け止めて事なきを得た。

 もう大丈夫ですよと話しかけると、島川さんがため息をつき始めた。壊れてもいないし、元通りになった。しかし、落ち込んでいる様子だ。自分なら同じ反応をするかもしれない。そっと話しかけた。

「壊れていないですよ?ほら……」
「僕はこの通り、そそっかしくて……。みっともない姿を見せたね」
「俺もそそっかしいです。気にしないで下さい。直らないので。あああ……」

 どうしよう?俺と同じ悩みを持っているのか。直らないと口にすべきではない。上手な言葉が見つからず、エスカレーターへ促した。地下へ行けば気分が変わるだろう。

「島川さん!当たりますよ!」
「ああーー、またやった!」

 落ち込んで気がそぞろなのだろう。手すりに当たりそうになった。さらに持っている紙袋が床に落ちかけた。えらく印象が違う。今日は何かあったのか?聞かないようにした。ますます慌てさせる。

「大丈夫ですよ。紙袋は無事だし、手すりも何もありませんよ」
「ありがとう。失敗ばかりだ。みっともないね」
「俺もそういう面があるので、平気です。さあ、地下に行きましょう」
「ああ」

 地下へ着いた後は、普通に見て回れた。会話をしながら商品を選び、早瀬の分も買ってくれた。何度も断ったのに。あとでお礼をしようと思った。
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