聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

文字の大きさ
60 / 144

9-6(悠人視点)

しおりを挟む
 18時。

 マンションの共有フロアにて過ごしている。プライベートガーデンという、屋内にある中庭だ。大きなガジュマルの樹が並んでいる。天井を仰ぐと、吹き抜けの空間が広がっている。開放感のある空間だ。

 大学の試験が全て終わって気が抜けた。今の気分もそうだ。まるで抜け殻状態のようになり、ソファーにもたれ掛かった。先客はいない。離れた場所を歩いている人だけだ。

「あああ……。お気に入りなのにーー」

 頭に浮かぶのは、トリンドランドで購入したTシャツのことだ。学食で昼ご飯を食べている時に、チキン南蛮のタレを溢してしまい、赤く染まってしまった。コインランドリーで夏樹が応急処置をしてくれた。まだ2回しか着ていないのに。

 ここに来たのは気分転換のためだ。一人で外を出歩けないからだ。この間はデパートでウロつき、早瀬から叱られてしまった。ここならマンション内だからOKだ。

「ふうーー。リラックスできるなあー」

 植物の匂いと水のせせらぎ音が心地いい。しばらく遊歩道を歩いていないから、忘れていた感覚だ。明日、食事の帰りに歩ける。定期試験が終わったことと、番組が放送されるお祝いも兼ねている。

 また脱力感に襲われて、強い眠気が起きた。ここで寝るのは危ないのに。そこへ、グリーン系の匂いが鼻をかすめて、身体を引っ張られた感覚に驚いた。

「わわわ……っ」
「心配したぞ。目を開けなさい」

 目を開くと、眉をひそめた早瀬がいた。膝の上に抱きかかえられた状態だ。しかし、安心できるわけがない。小言が始まったからだ。

 今日は早めに帰宅したそうだ。電話を入れたのに出ないから、何かあったと思った。帰ると、洗面所にTシャツが浸け込まれていた。赤いから驚いた。ここに迎えに来ると寝込んでいた。危なっかしすぎると立ち続けに言われてしまった。

「電話が鳴らなかったよ。げええ……、マナーモードにしてた」
「今日は試験だったからな。ふうー」
「わわわ……。重いよ」
「放送まで時間がある。話しておくことがある」
「ここで?なんで?」
「盗聴器の反応が出た。楽器部屋からだ。加藤さんと調査会社に立ち会ってもらった」
「何それ……。素人記者の関係?」
「まだ分からない」

 このマンションのエントランスを記者がウロついた時に、受付から警察を呼ばれて、それ以来、見かけなくなった。こうなるまで何も教えてくれなかったとは思わない。全体的に考えてのことだからだ。なるべく気持ちを落ち着かせて、今回の話を聞いた。

 盗聴器は、ファンから贈られたグッズから発見された。IKUの関係者経由だから受け取ったものだ。ギターケースに付けていた。それを持って移動することもあった。

「調べた結果、一つだけだった。明日から大学が休みだ。しばらくホテルへ宿泊しよう。その間に徹底的に調べる。いいね?返事は ”はい” だ」
「はい!」
「いい子だね」

 中庭を出た。自分達の部屋に向かう間、今夜からのスケジュールを聞いた。部屋に入った後は、この話題を出さないこと。荷物の準備をするフレーズも出さないこと。それを早瀬と約束した。宿泊先は、IKUの本社ビルの近くのホテルだ。

「今日決めたの?全部のことを」
「そうだよ。加藤さんと事前に話し合っていたけど」
「すごいね。パッパッと……」
「得意不得意がある。俺は得意な方だ。それだけのことだよ」
「俺の得意技はあるのかなー。慌ててばかりだよ。ショックだし」
「ネガティブの特技がある。周りが放っておけない技だ。さあ、入るぞ」
「んがーー」
「鼻が詰まっているのか?」
「ちがうってばー」

 髪の毛をグシャグシャと撫でられた。鼻や頬もグリグリされて、抵抗した。それが良かったのか、緊張感を持つことなく、玄関のドアを開くことができた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

僕の目があなたを遠ざけてしまった

紫野楓
BL
 受験に失敗して「一番バカの一高校」に入学した佐藤二葉。  人と目が合わせられず、元来病弱で体調は気持ちに振り回されがち。自分に後ろめたさを感じていて、人付き合いを避けるために前髪で目を覆って過ごしていた。医者になるのが夢で、熱心に勉強しているせいで周囲から「ガリ勉メデューサ」とからかわれ、いじめられている。  しかし、別クラスの同級生の北見耀士に「勉強を教えてほしい」と懇願される。彼は高校球児で、期末考査の成績次第で部活動停止になるという。  二葉は耀士の甲子園に行きたいという熱い夢を知って……? ______ BOOTHにて同人誌を頒布しています。(下記) https://shinokaede.booth.pm/items/7444815 その後の短編を収録しています。

処理中です...