聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 ロビーの待合スペースに到着すると、すでに黒崎が待っていた。真っ先に、一貴のことか?と聞かれた。すでに知っていたのだろうか。軽く頷いておいた。ここは不特定多数の人間が通りかかる場所だ。だからこそ都合がいい。単刀直入に切り出した。

「千尋製菓の副社長へ誘われている。島川さんが代表取締役社長になる条件として。3度断った。とうとう親父に電話を寄越してきた」
「耳に入っている。お前は欲しい人材だ」
「ありがとう。モデル起用は受ける方向だ。悠人が気にしている。後味が悪いだろうと」
「他にもあるだろう?一貴のことで」

 全部話せと視線を向けられた。それは言えないと答えた。質問に頷くだけにする。黒崎社長への恨みは知っている。黒崎も同じだった。島川のようなぶつけ方ではなく、立ち去ろうとした方だが。

「親父への恨みか?あの人を好きだという息子はいない。晴海兄さんと俺以外は。一貴は恨みの塊だ」
「どうして家へ呼んだ?」
「夏樹のことを守る力があるからだ。あの家の中で、仲間として接してきた。俺の大事にしているものには手を出さない。お前と悠人君だ。夏樹もだ。親父に仕返しをすると話したのか?……まず無理だ。可愛らしい顔をした子が、一貴のことを止める」
「……子供のような顔のことか?気づいていたのか?」
「ああ。ストレスにさらされて、たまに人間が入れ替わっている」

 俺が見た少年の顔は、”善意だけの一貴”だと説明された。島川社長として評判の悪いやり方を繰り返しながら、後になって後悔している人だそうだ。本人がバランスを失っているのか?

「危険な相手には悠人を近づけたくない。森井さんの会社が持ち直すためには、悠人が頑張りたいと言っている。近づけないように守る」
「そうか。協力してやってくれ。プラセルの業績が落ち込み傾向だ。挽回させたいはずだ」
「あれか……。手のひら返しをした件か?」

 アジアに拠点を置く繊維業者との件だ。契約続行の条件として、子会社化することを提示した。プラセルの儲けになる。断れない状況を作った上で提示した。ここまで評判が届いたほどだ。

「プラセルから離れていく企業が増えた。親父へ仕返しする余力がない。それ以外は分からないが」
「ミユー企画が危ないぞ……。人気商品を欲しがっている。提携を結んだのは、それが目的だ」
「ありうる話だ。森井さんの手腕がかかっている」
「あああ……」

 モデル起用からは手を引かせたい。心の底から思った。ミユー企画が奪われたのも同然になった際には、悠人の心へ影響がありそうだ。厄介な相手に関わってしまった。俺の顔を見て、すまないという言葉が返ってきた。

「……今、俺に謝ったのか?あんたが?」
「ああ。妙な兄貴を紹介した。お前なら平気だと判断してのことだ。お前は相手を否定しない。心が許せる相手になると思った」
「そういうことか……。NOだ。お断りだ」

 悠人にはモデルの仕事をさせる。何か仕掛けて来れば、手加減なしに雑草を引き抜く。黒崎の兄弟でも関係ない。静かに向かい合って返事を待つと、苦笑が返ってきた。

「そうなれば仕方がない。自業自得だ。夏樹に妙な真似をすれば、プラセルを潰す。お前もそうしていい。親父にも遠慮しなくていい」
「俺には、あの企業を潰す力は持っていない」
「いや、出来るはずだ。黒崎製菓グループの経営戦略部にいる。今の時点で、人脈も戦略も身に着けている。だから取締役会へ打診した。大鎌を振るえ。また雑草が生えてくるぞ」
「悠人が傷つく……」

 黒崎が指している意味は理解している。プラセルの関連会社が離れている今なら、足元を崩すのは可能だ。いくらでもやり方が思いつく。黒崎ホールディングス時代には、いくらでもやってきた。相手が襲いかかってくる前に。黒崎はその事を指している。
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