聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 黒崎からの言葉が耳から離れない。お前なら出来る。もうやらないというのか?悠人君のためだ。評判の悪いトップを崩したところで、マイナスにはならない。そうまで黒崎が言った。悪魔のささやきのようだ。

「悠人のことが大事だ。あの子は人を信用している。一番近い存在がやると、人間不信になりかねない」
「本来はそういう男だ。偽りの優しさを捨てろ」
「本当の優しさだ。あの子から教えてもらった」
「いつまで取り繕うつもりだ?本来のお前に戻れ。その能力を込みで、取締役会へ誘った。経営戦略部門もだ。汚いことだと考えるな。これは罠じゃない。俺もやってきた。この間もやった」
「あれは攻撃されたからだ」
「同じことだ。偽り続けることが優しさか?悠人君は音楽業界で住んでいるが、この先は理解できる。今のうちに教えておけ。本来の姿を。苦しいだろう?優しいだけなのか?嘘をつくな。だから矛盾が生じている。叱られたら、ごめんとでも謝っておけ。捨てられるなら閉じ込めておけ」

 あの子には嫌われたくない。この思いを手放せば、どんなに楽だろう?今のままで容易く守ることが可能だ。自分が欲しい力は綺麗なものだ。対外的にも納得できる平和なものだ。

 それが手に入るまで間に合わない。偽りの姿を捨てる必要がある。あの子の前では、”優しい早瀬裕理” を演じていた。それが矛盾となり、迷いと葛藤を生み出した。

 頭の中には、悠人が泣いている姿が浮かんだ。どちらの意味か?大きな鎌を振るわなかった結果、起きてしまったことと、喧嘩状態で攻撃し合うことを想像した。

「どっちに転んでも、悠人が泣くのか……」
「そのとおりだ。だから一貴を紹介した」

 これでパズルのピースが合った。島川は千尋製菓と俺とで手を組みたがっている。ミユー企画も欲しがっている。悠人を守るには、大鎌を振るう必要がある。

 自分自身の全てを否定することはない。本当の優しさを持ちながらも、昔の姿までも否定するな。黒崎がそう言った。ミユー企画へ手を出せばプラセルを傾ける流れができるのだと。その手前の段階に一歩踏み出す。俺が手を出したことを、悠人には知られない。

(島川は調べるに決まっている。悠人に告げ口されるのが怖い。ミユー企画を守るためだと説明しても、わだかまりが残るだろう。それでも守るためだ)

 黒崎製菓としては、何の理由も利益もなく手を出すわけにはいかない。どの口実があるのか?プラセルの傘下に付いている企業を奪い取ろう。

「そうか。中期目標の口実がある。経営戦略部として進めればいい」
「そのとおりだ」
「まずは一手を打っておく。プラセル側が分かる形で脅しになる」

 黒崎の表情には変化がない。兄貴の会社だというのに。平気なのか?本気で潰したいのか?

「お兄さんの会社を潰したいのか?」
「ああ。一度潰した方がいい。本人が楽になる。荷物を下ろせる。……話し合いで進めろだと?俺が言える話じゃない。俺がやってもいいが、お前のガス抜きになるからちょうどいい」
「大事なものを守るためか」
「お前。悠人君。夏樹。俺の大事な人だ。一貴もだ。欲しいものを手に入れたくて、暴走するのをやめさせたい。お前の力を欲しがっている。黒崎製菓グループとしても迷惑だ」
「島川さんが、俺にこだわる理由を知っているか?」
「欲しい人材だからだ。それ以外に無いだろうが」

 助かったというべきか?恋愛感情を寄せられていることを、知られない方がいいのか。仕事と私生活は別だ。あの人の感覚には戸惑うばかりだ。それは置いておこう。悠人の心を守るために悪者になる。

「……さあ、仕事を始めよう」

 黒崎に声をかけた。そして、オフィスに向かって歩き出した。心が軽く感じる。優しい雰囲気を作るべきだと、自分を縛っていたのだと自覚した。やる時にはやる。それで構わない。そう思った。
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