聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 朝食を済ませて着替えを始めた。早瀬がネクタイを締めている姿を眺めた。やっぱり雰囲気が変化している。厳しさと威圧感を感じた。年相応というものか?

 こんなに忙しい日々の中、俺のことを守っている。優しいだけの顔の早瀬がいるのか?そんなわけはない。タイミングを見計らって、近くに行った。

「裕理さん。変わったことがあったよね?その訳は聞かないけど。相づちぐらいは打たせてよ。雑草取りはしない。任せるから」
「何も心配するな。コンサートのことを考えろ。その次は大学の定期試験だ。単位を取ること。卒業まで楽に進めるようにしなさい。必要なことは話す」

 同じ目線の高さになり、両頬を包まれた。何て顔をしているんだと笑われた。心配することはない。丸投げにしておけと、口を挟む間もなく言われた。

 最終的には、信用できないのか?と問われては、首を横に振るしかない。経験不足だから仕方ない。これから成長する。今は任せておこう。はーいと、素直に返事をした。

 しかし、いきなり素直になったから、違和感を持ったようだ。後ろをついて来られた。着替えを済ませた後、クローゼットの扉を閉められた。頬をつねられても反応しないでいると、苦笑交じりで顔を覗き込まれた。

「俺のことが嫌いになったのか?」
「そんなことないよ……」

 気になるなら偉そうにするな。その言葉を飲み込んで抱きついた。見上げると、仕事モードの顔になっていた。メガネの奥の目元は、冷静そのものだ。

「本当の裕理さんだろ?ここにいるのは」
「いつも本物だ。駅まで送って行く」
「一人で平気だよ」
「言うことを聞く約束だ。ビーフシチューを、来年まで食べさせないぞ」

 やっと冗談が飛び出してきたから、ホッとした。階段から下りると、抱き寄せられた。俺が拗ねた顔をしているからだということだ。当たり前のことだ。いつも優しいのに戸惑っている。それを話すと謝られた。それでも考え方は変えないし、束縛は続けると言われた。

「裕理さんは丸太君を呼んでくれた。優しい人だよ。いつか理由を話してね」
「ああ。間違いなく言えることがある。君のことを守る。そのために動いている。偽りばかりの現実に、君のことを汚されたくない。大事な宝物だ」

 島川さんとの間に何があったのか?チャンスをあげてと頼み込んだ。あれから様子がおかしい。俺にはいい人だ。本当はそうではないのか?

「島川さんは悪い人なの?」
「その通りだ。プラセルとの仕事は続けていい。連絡を取りたくないなら、そうして構わない。俺の方から話す。どうする?」

 まずは一人で考えなさい。静まり返った室内で、目を閉じて考えた。ひと言も責められていない。見守っていたし、これからも同じだと言われた。

 自分のまいた種だ。一時の感情が原因だった。俺の方から話すと、余計にややこしくなる。周りを巻き込む可能性がある。経験豊富な大人相手には、太刀打ちできない。面倒を起こすかもしれない。

「裕理さんの方から、お願いします」
「分かった。もしも連絡が入っても返事をするな。それだけは守ってくれ。……大学へ会いに来る可能性がある。教室へ入って待て。連絡して来なさい。圭一さんにも頼んである」
「そうなんだ……。分かった。守るよ」
「よし、いい子だ」

 視線を合わせて頷くと、笑顔を返された。玄関を出た後の早瀬は、初めて見るぐらいに怖い空気をまとっていた。
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