102 / 144
16-7
しおりを挟む
22時。
一時間前から楽器部屋に籠っている状況だ。早瀬は書斎で仕事をしている。一緒に居ろと捕獲されたが、ギターを弾きたいから逃げてきた。
もしも島川さんから連絡が入れば教えると言っているのに、晩御飯の後も張り付かれた。しかも、拗ねた顔までしていた。もちろん喧嘩になり、距離を置いて怒りを冷却している。あくまでも俺だけがだ。
「ゆうとー、おいで」
「やだー。まだ弾くから……」
早瀬は気にしていない。楽器部屋を覗きに来ては、こうして呼ばれている。謝れば行くというのに、それはしないと言われた。頑固な人で困っている。
来月のコンサートまで一か月だ。練習を重ねておきたい。総観客数は7500人だ。チケットは完売した。今回のスポンサー企業には、プラセルの名前が加わった。
夏樹もモデルに起用されるかもしれない。島川さんが話していた理由は、桑園さんが新しくデザインした、”赤い着物” を着せたいということだ。
「着物が好きなんだなーー」
俺達のデビューステージの動画を観て、感動したそうだ。自分も生まれ変われたらいいなと。ふとした時に出てきた言葉だった。島川さんとは、短い時間の中で、色んな話をした。色々と溜まっているようだ。黒崎家の中では馴染めないのだろうか。
ラインを開き、島川さんとのやり取りを眺めた。高校時代の200メートル走の話をした時が面白かった。ぶっちぎりのトップでゴールした直後、フライングが発覚してやり直しになった話をすると、島川さんが笑っていた。その反応を見て、彼の性格が出ていると思えた。
(……スタートを切った後、ライバルがつまづいたことがある。ラッキーだと思った。そういう自分が嫌いだった)
(……同じ経験があります。かっこ悪いなって。自分のことを)
思い出していると、黒崎さんのことが思い浮かんだ。メールでのやり取りが大半だ。長文になりつつ、何度も送り合っている。島川さんと同じ感覚だ。
早瀬は妬かない。可愛がって貰えと言って、笑っていた。本音では妬いてほしくて、独占欲が嬉しかった。度を過ぎれば釘を刺せばいい。そうでないと、心おきなく妬けないからだ。俺の前では余裕を無くすというが、そうだろうか?手のひらで転がされている気がする。
「あ、島川さんからラインだ。え?食事にって……」
島川さんとは連絡を取らない約束をした。さっきの件も、早瀬が話しておくと言っていた。まだなのかな?もちろん返信しない。早瀬に見せに行こうとすると、また入った。読んだ瞬間、驚いた。立て続けに3通も入ったからだ。
「送信ミス?ふむふむ?違うなー。文章を変えてあるから、送信ミスじゃないよね。食事の誘いだなー。え?『君のことが好きになった。早瀬君がいても構わない。見ているだけ』……って。どうしよう。俺が余計なことをしたんだ……」
佐久弥からの忠告が、頭の中で再現された。早瀬との方が仲がいいと思い、警戒していなかった。実際に会ったのは数回だ。二人で歩く程度はあった。しかし、この文面を読むと、俺の勘違いとは思えない。どうすればいいのか。
「夏樹に話そう。引っかかるって……」
島川さんには、居心地の悪い思いをさせたくない。現実として世話になっているから、不義理なことは出来ない。早瀬との件は別問題だと思う。
黒崎さんに伝わるのは間違いない。かえってその方がいい。黒崎家のことだから、いい方法を取ってもらえそうだ。この時間は起きていると思う。
まず先にラインを送った。電話で話したいとシンプルに。返事を待っていようとスマホを床に置いたところで、電話が掛かってきて驚いた。
背中や肩がずしっと重くなった。早瀬に黙って動いている罪悪感と、穏便な方向で進んでほしいという思いからだ。プレッシャーを感じている。
「……もしもし。こんな時間にごめんね」
「まだ大丈夫だよ。いつも話しているじゃん。ゆうとー。どうしたんだよ?」
「いきなり話すけど……。島川社長から聞いたモデルの話だよ。やらせてもらいたいけど、なるべく社長には会いたくないんだ」
「何かあった?まだ数えるぐらいしか会ってないよね?」
「会ったのは5回ぐらいだよ。ちょっと引っかかるんだよ……」
夏樹がため息をついた。早瀬さんに内緒にしているだろう?と。もちろん正直に答えた。好意で食事に誘ってもらったが、二人きりというのが引っかかることも正直に伝えた。
一時間前から楽器部屋に籠っている状況だ。早瀬は書斎で仕事をしている。一緒に居ろと捕獲されたが、ギターを弾きたいから逃げてきた。
もしも島川さんから連絡が入れば教えると言っているのに、晩御飯の後も張り付かれた。しかも、拗ねた顔までしていた。もちろん喧嘩になり、距離を置いて怒りを冷却している。あくまでも俺だけがだ。
「ゆうとー、おいで」
「やだー。まだ弾くから……」
早瀬は気にしていない。楽器部屋を覗きに来ては、こうして呼ばれている。謝れば行くというのに、それはしないと言われた。頑固な人で困っている。
来月のコンサートまで一か月だ。練習を重ねておきたい。総観客数は7500人だ。チケットは完売した。今回のスポンサー企業には、プラセルの名前が加わった。
夏樹もモデルに起用されるかもしれない。島川さんが話していた理由は、桑園さんが新しくデザインした、”赤い着物” を着せたいということだ。
「着物が好きなんだなーー」
俺達のデビューステージの動画を観て、感動したそうだ。自分も生まれ変われたらいいなと。ふとした時に出てきた言葉だった。島川さんとは、短い時間の中で、色んな話をした。色々と溜まっているようだ。黒崎家の中では馴染めないのだろうか。
ラインを開き、島川さんとのやり取りを眺めた。高校時代の200メートル走の話をした時が面白かった。ぶっちぎりのトップでゴールした直後、フライングが発覚してやり直しになった話をすると、島川さんが笑っていた。その反応を見て、彼の性格が出ていると思えた。
(……スタートを切った後、ライバルがつまづいたことがある。ラッキーだと思った。そういう自分が嫌いだった)
(……同じ経験があります。かっこ悪いなって。自分のことを)
思い出していると、黒崎さんのことが思い浮かんだ。メールでのやり取りが大半だ。長文になりつつ、何度も送り合っている。島川さんと同じ感覚だ。
早瀬は妬かない。可愛がって貰えと言って、笑っていた。本音では妬いてほしくて、独占欲が嬉しかった。度を過ぎれば釘を刺せばいい。そうでないと、心おきなく妬けないからだ。俺の前では余裕を無くすというが、そうだろうか?手のひらで転がされている気がする。
「あ、島川さんからラインだ。え?食事にって……」
島川さんとは連絡を取らない約束をした。さっきの件も、早瀬が話しておくと言っていた。まだなのかな?もちろん返信しない。早瀬に見せに行こうとすると、また入った。読んだ瞬間、驚いた。立て続けに3通も入ったからだ。
「送信ミス?ふむふむ?違うなー。文章を変えてあるから、送信ミスじゃないよね。食事の誘いだなー。え?『君のことが好きになった。早瀬君がいても構わない。見ているだけ』……って。どうしよう。俺が余計なことをしたんだ……」
佐久弥からの忠告が、頭の中で再現された。早瀬との方が仲がいいと思い、警戒していなかった。実際に会ったのは数回だ。二人で歩く程度はあった。しかし、この文面を読むと、俺の勘違いとは思えない。どうすればいいのか。
「夏樹に話そう。引っかかるって……」
島川さんには、居心地の悪い思いをさせたくない。現実として世話になっているから、不義理なことは出来ない。早瀬との件は別問題だと思う。
黒崎さんに伝わるのは間違いない。かえってその方がいい。黒崎家のことだから、いい方法を取ってもらえそうだ。この時間は起きていると思う。
まず先にラインを送った。電話で話したいとシンプルに。返事を待っていようとスマホを床に置いたところで、電話が掛かってきて驚いた。
背中や肩がずしっと重くなった。早瀬に黙って動いている罪悪感と、穏便な方向で進んでほしいという思いからだ。プレッシャーを感じている。
「……もしもし。こんな時間にごめんね」
「まだ大丈夫だよ。いつも話しているじゃん。ゆうとー。どうしたんだよ?」
「いきなり話すけど……。島川社長から聞いたモデルの話だよ。やらせてもらいたいけど、なるべく社長には会いたくないんだ」
「何かあった?まだ数えるぐらいしか会ってないよね?」
「会ったのは5回ぐらいだよ。ちょっと引っかかるんだよ……」
夏樹がため息をついた。早瀬さんに内緒にしているだろう?と。もちろん正直に答えた。好意で食事に誘ってもらったが、二人きりというのが引っかかることも正直に伝えた。
0
あなたにおすすめの小説
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
【完結】君の穿ったインソムニア
古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。
純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。
「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」
陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる