101 / 144
16-6(悠人視点)
しおりを挟む
19時。
俺達の居住区である8810号室のキッチンに立ち、筑前煮を温めている。さっきまで父が訪ねて来ていた。宮田さんが作った料理を差し入れするために。
これが毎週の恒例になった。うちは洋食が多いからと、和食を作ってくれている。早瀬の手作りのドレッシングや、スパニッシュオムレツと物々交換している。
2年前と比べると父が変化した。俺の世話を焼きたがり、いい意味で口出しするようになった。遠藤さん夫妻、黒崎家、佐伯家という、いい人達に囲まれている。
「島川さんは黒崎家が嫌いなのかな……」
早瀬から、島川さんは悪い人だと聞いたが、全てがそうではないと思う。優しいところを知っている。あの温かな家で暮らしているのに、楽しそうでない。少しは気持ちが解れるかと思ったのだが。急に人は変わらないし、元からの相性もある。俺のことがネックになって、関係が壊れてほしくない。
「もうすぐで泊まる日が来るのか……」
早瀬の出張中に、夏樹たちの家に泊まる予定だ。早瀬が断るかと思っていたのに、予定通りにすると言われた。ただし、島川さんが約束を守ることが条件だと早瀬が言った。俺と直接連絡を取らないというものだ。
ガタガタ……。
キッチンの壁に取り付けてあるモニターから、早瀬の声が聞こえてきた。バスルームと繋がっているから便利だ。何か欲しいものがあるようだ。
「どうしたのー?」
「……ゆうとくーーん。ボディーソープを取ってくれ」
「はーい。仲直りはしないからねー」
これは仲直りをする口実に決まっている。朝のような怖いオーラは纏っていない。それ以上続けると、実家に帰ると告げてやった。遠藤さん家か、父の家という意味だ。恥を忍んで迎えに来いとも言ってやった。
「……悠人君。まだ怒っているのか?」
「怒っていないよ。持って行くからねーー」
パタパタ……。
8810号室のフロアの奥にバスルームがある。廊下が広いから道のりが長い。コンパクトにまとまっていない。改築したのだろう。よっぽどのことがないと、こういう間取りにしない。
ガラス扉の向こうでは、湯船に浸かっている様子が見えた。ボディーソープを取り出していると、扉が開かれた。出て来られるじゃないかと思った。そして、早瀬が扉を開けた時に、ぱっと手首を掴まれた。さらに、引きずるように捕獲されて、抱きつかれた。湯気の立った肌と濡れた感触がある。
「もうーーーっ」
「メエメエさん。カブトムシが襲ってくるぞ」
「きいいいいっ」
逃げ出そうとすると捕まえられて、腹が立ってきた。何とか抜け出すと、笑われてしまった。そこで、洗面所のコップに水を汲み、何度も掛けてやった。佐久弥が理久にやっている悪戯の一つだ。
「冷たい。やめてくれ」
「湯冷め防止だよー。ご飯が出来たからね」
キッチンへ戻ると、島川さんからラインが入っていた。”泊まりに来るな”というものだった。
「……ふむふむ。『自分の嫌な面を見せたくない。あの家は温かいが、作り出している人が嫌いだ。苛立ってしまう』か……」
それを作り出しているのは、誰のことだろう?あの家に住んでいるのは、お父さん、黒崎さん、夏樹、島川さんの4人しかいない。遊びに来るお兄さんの晴海さんのことだろうか。相性が悪いのなら引っ越せばいい。経済力があり、親から指図されない。怪我が良くなり次第のことだが。
打ち明けてもらえたのは嬉しいが、どうして俺に話すのか?何かの罠だろうか?考えたくないのに。悪い人だと聞いたからだ。具体的には知らない。もしかしてSOSなのか?
(俺には話せるのかな?似ているし……)
恥ずかしい一面を見せたくないのは、誰でも同じだ。上手くいかずにモヤモヤしているのか?島川さんには子供っぽい面がある。言い出せないのか?
早瀬には教えておくべきか?内緒には出来ない。そう考えて踏みとどまった。このままの話を黒崎家へ知られると、家族関係が悪化するかもしれない。今晩、夏樹に連絡しよう。仲が悪いのかと聞いてみることにした。話を聞いてもらえるだろう。
ガタガタ……。
料理を並べ終えたところで、早瀬がキッチンへ入って来た。もう怒っていないか?と。ここにも悪い人になれない人がいる。
ラインの返信はしない。届いたことを報告して、メッセージを見せた。早瀬が眉一つ動かさずに読んでいた。約束が違うと言った。連絡しておくという。あっさり終わったから、拍子抜けした。
「怒っていない?」
「向こうから送ってきたものだろう。君のことは怒らないよ」
「束縛は続ける?」
「やめない。……お母さんからは連絡があったか?」
ないよ。短く答えた。母のことを冷たく感じている。俺よりも捕まった恋人のことが気に掛かっているのか。それとも仕事のことか。モデルの仕事は喜ばれた。打ち合わせの時は、社員と手を取り合っていた。俺には無かった。
父と比較するのは筋違いか?俺が元気にしているからか?早瀬がいるから平気だ。そう思って、ブーブーと文句を言い返しながら、食事を続けた。
俺達の居住区である8810号室のキッチンに立ち、筑前煮を温めている。さっきまで父が訪ねて来ていた。宮田さんが作った料理を差し入れするために。
これが毎週の恒例になった。うちは洋食が多いからと、和食を作ってくれている。早瀬の手作りのドレッシングや、スパニッシュオムレツと物々交換している。
2年前と比べると父が変化した。俺の世話を焼きたがり、いい意味で口出しするようになった。遠藤さん夫妻、黒崎家、佐伯家という、いい人達に囲まれている。
「島川さんは黒崎家が嫌いなのかな……」
早瀬から、島川さんは悪い人だと聞いたが、全てがそうではないと思う。優しいところを知っている。あの温かな家で暮らしているのに、楽しそうでない。少しは気持ちが解れるかと思ったのだが。急に人は変わらないし、元からの相性もある。俺のことがネックになって、関係が壊れてほしくない。
「もうすぐで泊まる日が来るのか……」
早瀬の出張中に、夏樹たちの家に泊まる予定だ。早瀬が断るかと思っていたのに、予定通りにすると言われた。ただし、島川さんが約束を守ることが条件だと早瀬が言った。俺と直接連絡を取らないというものだ。
ガタガタ……。
キッチンの壁に取り付けてあるモニターから、早瀬の声が聞こえてきた。バスルームと繋がっているから便利だ。何か欲しいものがあるようだ。
「どうしたのー?」
「……ゆうとくーーん。ボディーソープを取ってくれ」
「はーい。仲直りはしないからねー」
これは仲直りをする口実に決まっている。朝のような怖いオーラは纏っていない。それ以上続けると、実家に帰ると告げてやった。遠藤さん家か、父の家という意味だ。恥を忍んで迎えに来いとも言ってやった。
「……悠人君。まだ怒っているのか?」
「怒っていないよ。持って行くからねーー」
パタパタ……。
8810号室のフロアの奥にバスルームがある。廊下が広いから道のりが長い。コンパクトにまとまっていない。改築したのだろう。よっぽどのことがないと、こういう間取りにしない。
ガラス扉の向こうでは、湯船に浸かっている様子が見えた。ボディーソープを取り出していると、扉が開かれた。出て来られるじゃないかと思った。そして、早瀬が扉を開けた時に、ぱっと手首を掴まれた。さらに、引きずるように捕獲されて、抱きつかれた。湯気の立った肌と濡れた感触がある。
「もうーーーっ」
「メエメエさん。カブトムシが襲ってくるぞ」
「きいいいいっ」
逃げ出そうとすると捕まえられて、腹が立ってきた。何とか抜け出すと、笑われてしまった。そこで、洗面所のコップに水を汲み、何度も掛けてやった。佐久弥が理久にやっている悪戯の一つだ。
「冷たい。やめてくれ」
「湯冷め防止だよー。ご飯が出来たからね」
キッチンへ戻ると、島川さんからラインが入っていた。”泊まりに来るな”というものだった。
「……ふむふむ。『自分の嫌な面を見せたくない。あの家は温かいが、作り出している人が嫌いだ。苛立ってしまう』か……」
それを作り出しているのは、誰のことだろう?あの家に住んでいるのは、お父さん、黒崎さん、夏樹、島川さんの4人しかいない。遊びに来るお兄さんの晴海さんのことだろうか。相性が悪いのなら引っ越せばいい。経済力があり、親から指図されない。怪我が良くなり次第のことだが。
打ち明けてもらえたのは嬉しいが、どうして俺に話すのか?何かの罠だろうか?考えたくないのに。悪い人だと聞いたからだ。具体的には知らない。もしかしてSOSなのか?
(俺には話せるのかな?似ているし……)
恥ずかしい一面を見せたくないのは、誰でも同じだ。上手くいかずにモヤモヤしているのか?島川さんには子供っぽい面がある。言い出せないのか?
早瀬には教えておくべきか?内緒には出来ない。そう考えて踏みとどまった。このままの話を黒崎家へ知られると、家族関係が悪化するかもしれない。今晩、夏樹に連絡しよう。仲が悪いのかと聞いてみることにした。話を聞いてもらえるだろう。
ガタガタ……。
料理を並べ終えたところで、早瀬がキッチンへ入って来た。もう怒っていないか?と。ここにも悪い人になれない人がいる。
ラインの返信はしない。届いたことを報告して、メッセージを見せた。早瀬が眉一つ動かさずに読んでいた。約束が違うと言った。連絡しておくという。あっさり終わったから、拍子抜けした。
「怒っていない?」
「向こうから送ってきたものだろう。君のことは怒らないよ」
「束縛は続ける?」
「やめない。……お母さんからは連絡があったか?」
ないよ。短く答えた。母のことを冷たく感じている。俺よりも捕まった恋人のことが気に掛かっているのか。それとも仕事のことか。モデルの仕事は喜ばれた。打ち合わせの時は、社員と手を取り合っていた。俺には無かった。
父と比較するのは筋違いか?俺が元気にしているからか?早瀬がいるから平気だ。そう思って、ブーブーと文句を言い返しながら、食事を続けた。
0
あなたにおすすめの小説
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
【完結】君の穿ったインソムニア
古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。
純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。
「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」
陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる