聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 今から島川に折り返し連絡をする。島川社長という連絡先をタップした結果、すぐに応答があり、頭を抱え込みたくなった。島川から開口一番に、”素敵な声だ”と褒め称えられたからだ。長い時間は取り合いたくない人だ。手短に伝えよう。

「悠人に連絡するのを控えてくれ。悩んでいる。モデルの仕事に直結しているからだ」
「落ち着けないということか。そんなつもりはなかったが……」
「まだ20歳だ。好意は有難いと話していた。落ち着いた頃に挨拶に伺う。モデル起用は、本人にとってはいい経験だ」
「えらく態度を和らげたな?理由は?」
「荒々しく話す内容じゃないからだよ。悠人のことを可愛がってもらっている。ありがとう」

 これから伊吹のアドバイスを使ってみよう。さらに語尾を和げて褒めてみた。“島川君は頼りになる子だ”と。小学3年生の子に話しかけるイメージを続けると、島川からの相づちが変化した。こんなにあからさまなのかと面食らった。やっぱり人格が分かれているのだろうか。

「島川君は頼りになるお兄ちゃんだ」
「そうかな?」
「そうだよ。助かっている。いいかな?悠人とは連絡を取って欲しくないんだ」
「うん。でも……」
「どうしたの?」
「悠人君と話したい。ビュッフェに行く約束をしたのに……」
「悠人の気持ちが落ち着いた後だよ。やめるわけじゃない」
「そっか。謝るよ。ああ、だめなのか……」

 おかしなことだ。会社を潰されかけている事には触れそうとしない。小学3年生の少年と島川社長という存在は、どちらも本人の姿だろう。

 あの歌詞を当てはめるならば、善と悪ということだろうか?少年の島川が、島川社長の暴走のストッパー役を担っているのではないか?

 どういうわけか、この人を責める気になれない。歩いてきた道は平坦ではなく、裏切られて傷つき、誰かのことも傷つけた。本来の優しい子が変わったのか?

 常に優秀であることを強いられた結果だ。それを果たそうとした純粋な少年の姿が、今に引きずっている。そこから逃げ出すことは不可能なのか?自分は逃げ出すことができたが、その結果として、二つの顔を持った。ヒーローとクランだ。

「……裕理君。どうしようか?」
「何かあったのか?」
「悠人君は、お母さんから傷つけられたんだ。守ってあげないと。本当はお母さんのことが怖いんだよ」
「どうかなー?」

 父親の存在を口にしないのか。母親だけが悪いのか?久田氏の件も調べているはずだ。事情が分かっただろう。父親にも矛先が向くのが一般的ではないのか?久田氏を話題に出すと、あっさりと否定してきた。

「お父さんは悠人君を可愛がっているよ。再婚相手の人も。楽しそうに話してくれたよ。藍生ちゃんが歩き始めて、追いかけて来るって。お父さんは仕事の邪魔をしてはいけないって、言い聞かせている。まだ分からないのにって。でも、お父さんは優しく言っていたから良かったって、そう話していたよ」
「そうだったのか。お母さんともそうなるよ?」
「……それはない」

 急に口調が変わった。島川社長そのものだ。常に森井美夕氏にこだわり続けているのなら、今回の提携話は綺麗事だけでは済まされない。何かやろうとしている。

「森井さんが、助かったと話していた。こっそり、自分の会社の人間と……!悠人君のことは放置していた。礼すら言っていない」
「それは感謝の意味だ」
「それは違う。利用価値があると話していた。だから可愛がろうとしている。いくらでも接してきたタイプだ。人気が出たからと、自分の息子に手のひらを返した。ああいう人間が大嫌いだ。悠人君を汚されたくない」

 これに関しては、島川の勘を信じられる。全てではないにしても、森井氏に100%の愛情があるとは思っていない。しかし、悠人は信じようとしている。森井物産の事件が落ち着いた後、森井氏は悠人に会いに来られるはずだった。憔悴している息子の顔を見に来るものだ。それぐらい俺でも分かる。しかし、一度も来なかった。

 久田氏は何度も悠人に会いに来た。電話が入らない日はなかった。悠人を担当した中山弁護士は久田氏の友人だが、必死で頭を下げていた。息子の将来を守ってくれと言って。

 ここで利害が一致した。100%敵側に回る必要はない。しかし、プラセルへの対処は止めない。それを武器として交渉を始めた。森井氏を観察してほしいことを。そこで島川が妙な真似をすれば、プラセルを崩し始める。

「その件に関しては了解した。悠人君と電話で話したい」
「それは譲れない。今月、黒崎家へ泊まりに行かせる。俺の出張中だ。悠人の良いところを見てほしい。一番輝く方法で起用してもらいたい。ただし、二人きりにならないでくれ」
「中途半端だ。守ると思っているのか?」
「悠人のことを大事に思っているからだ。それは共通している。信じている」
「服は受け取ってくれ。似合うはずだ。純粋な友達になりたいんだ」
「これで話は終わった。島川君、じゃあね!」
「……ばいばい!」

 子供に語り掛けるように挨拶して、通話を終えた。今まで俺達が接していたのは、大人の島川の姿だと感じた。泣きそうになる顔になるのも大人の姿だろう。少年の姿がバランスを取っているのだと知った。
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