聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 店の中に入った。なんてお洒落な店内だろう?さすがに女性客しかいないから、奥の部屋に歩いて行く間、申し訳ない気分になった。せっかくくつろいでいるのに、男が入って来ると落ち着かないだろう。自分もそうだから感じた。男ばかりで話している時に、女性が近くに座るケースだ。邪魔だという意味ではない。俺の場合はカッコつけたいからだ。

 女性達は綺麗になるために来たのだろう。男の自分が見るべきではない。それをぽつっと漏らしてしまい、女性からクスクスと笑われた。可愛いわねという感想付きだ。

 一番奥の個室に案内された。店からタオルを借りて手元を拭いた。女性が背中やバッグを拭き取ってくれた。レインコートだから濡れても大丈夫なのに。汚れてしまったことを気にしている。

「もう大丈夫です。ありがとうございます」
「手の平を擦りむいているわね。病院へ連れて行くわ。お家の方へ電話は出来る?携帯がないなら……」
「持っています。病院は構いませんから……」
「おばさんのせいよ。お家の方とお話させてもらいたいの」
「いえ……」

 どうしよう?慌てて首を振ったが、”いけません”と言って振り返された。ここからバイ菌が入り、大変なことになったらどうするのと。えらく心配されている。

 ここで断ると気に病みそうだ。出るかどうかは分からないが、とにかく早瀬に電話をかけた。しかし、何度か鳴らしたが出ない。するとその時だ。店員さんがやって来た。

「玲子さん。よろしかったら温かい飲み物を……」
「ありがとう。ボク、お紅茶は飲めるかしら?」
「いただきます。家族が電話に出れなくて……」
「温まってから行きましょうね。折り返しがあるでしょう」

 ボクと呼ばれているから、俺のことを中学生ぐらいに思っているのか?そのあたりの誤解を解きたい。さっそく自己紹介をしようとしたのに慌ててしまい、言葉に詰まった。ますます心配させるのに。

「大学3年生です。一人で平気です。親切にして下ってありがとうございます。家は近くなので帰れます」

 これで20歳だと分かるだろう。すると、女性からにこっと笑い掛けられて、胸がキュンとした。大人でも病院へは行かないといけないわと言って、電話をかけ始めた。行きつけのクリニックだそうだ。そこまでしてもらうわけにはいかない。

 すると、早瀬からの折り返しが掛かってきた。電話の向こうでは焦った声が聞こえてきた。胸がチクッと傷んだ。大きな怪我ではないと前置きした。

「駅のそばで転んだんだ。一緒にいる女性が……。断ったけど心配しているんだ。話をしたいって。どうしたらいいかな?」
「……その人に電話をかわってくれ。俺の方から話す」
「うん。待っててね。すみません……」
「お家の方ね。もしもし……」

 彼女の方から進んで電話に出てくれた。すごく丁寧な話し方で優しい声をしていた。すみませんでした、私のせいでと伝えている。

 すると、急に声色が変わった。言い合いになるわけがないのに、電話口から聞こえてきたのは言い争いの声だ。心配になった。彼女が早瀬のことを”裕理君”と呼んでいる。知り合いなのか?まさかお母さんか?

「裕理君。病院は近くなの。家の方へも送って行くわ。……怪我をさせたの。当たり前のことです。言いがかりは止めて頂戴。責任を持って……お水で洗っても、もしものことがあったらどうするの?」
「あああ……」

 これでは話がまとまらないし、女性が気の毒だ。店の中で恥ずかしいだろう。早瀬も考えてほしい。電話をかわると、お母さんだと教えられた。これはチャンスかもしれない。打ち解けるかもしれない。早瀬には、後ろめたさが残るから病院に行くと説得した。

「悠人。断ったから帰って来い。何も話さずにだ」
「そんなことは出来ないよ。病院に連れて行ってもらうよ」
「……嫌なことを言うかもしれない。聞かせたくない」
「……そんなことはしません!怪我をした子よ。分かるでしょう?」

 お母さんが言い切ると、スピーカー越しに溜め息が聞こえてきた。やっとOKが出たようだ。紅茶をご馳走になった後、お母さんから手を引かれて店を出た。そして、タクシーに乗り込み、病院へ出発した。
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