聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 知らぬふりをすることはない。俺たちの間では何も起きていない。こんな発想が出ることが距離を置いている証だ。

 母に軽く手を振ると、玲子さんが微笑んで会釈した。母の方もそうするかと思えば、出入り口を指している。出ろというのか?慌てている様子もある。

「悠人君。このまま座っていてね」
「ご迷惑になるので行ってきます。あんなに手を振っているし」
「連絡が入っていないかしら?ランチの間に」
「えーっと……」

 バッグからスマホを取り出した。たしかに母からラインが入っていた。電話がほしいと。急ぎの時は母から電話するだろう。こうしている間にも、向こうの男女が囁きあっている。そして、母が手ぶりで俺のことを促している。その顔が引きつっている。

「やっぱり出てきます」
「いらっしゃるはずよ。お話しするのは、お店の中の方がいいわ」

 どういうことかな?すると、本当にその通りになり、母たちが入って来た。店員が声を掛けると、連れの人が俺たちを指していた。場にそぐわずに迷惑だと感じた。テーブルに着くべきだ。客も視線を向けたのに。

「悠人……」

 母が俺の前に立った。何があったのかと問う前に、母から畳み掛けるようにされた。わたしの質問だけに答えなさいと、高圧的な言い方をされた。すると、肩がずしっと重くなり、目の前が霞む感覚が起きた。さらに、肌の表面がじんじんと痺れてきた。昔の記憶が蘇ってきたからだ。こういう言い方をされる度に、母のことを怖がっていた。

「お母さん……。ここは……」
「島川社長に何か失礼なことを言ったの ? 何があったのか話しなさい!」
「お母さん……」

 母から重ねて質問された。島川社長と会ったのか。いつどこで。ちゃんと新しいキャラの事を話したでしょうね?失礼があったのね?と。

「お母さん。何があったのかだけでも先に言ってよ」
「私の質問に答えなさい!」

 もう堪らない。たくさんだ。ここは店の中で一緒にいる人が居る。昔の母なら、こういう場では静かにしなさいと言ってきたはずだ。俺に教育して来た内容と食い違う。行儀もあったものではない。呆れと怒りが起きた結果、俺から出かけた言葉が怒号のようになった。

「お母さん……!え……」
「お帰り下さい!ここはお店の中です」

 玲子さんが母のことを諫めた。母が俺と玲子さんのことを交互に見た。そして、怒りの顔を和らげた。

「あなたには……、早瀬さんですか?」
「早瀬裕理の母です。はじめまして」
「ああ……、失礼しました。ご挨拶が遅れまして。悠人を外へ連れて行きます」
「お母さん。行くよ」

 席から立つと、連れの人から外に促された。3対1ということになりそうだ。すると、だめよと制止する声が聞こえた後、玲子さんが俺の前に立った。ここで本来の用件を話してくださいと、毅然とした態度で言った。すると、母たちが間をおいて、しぶしぶながら口にした。

「プラセルコーポレーションさんから提携を中止されました。再開希望なら傘下に入れと。ミルティーの権利もプラセルへ移るのよ。どうしてこんな……」
「先方とお話なさってください。私たちは予定がありますので。失礼いたします」

 庇われて終わりにしたくない。母に何か言い返したい。すると、その前に、玲子さんから腕を引かれた。

 --こっちに来なさいと。

 それは強い言い方なのに、不思議と怖くなかった。さっと会計を済ませて、俺達はみんなへ会釈して、店を後にした。
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