聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

文字の大きさ
126 / 144

19-1 選択に迷った日

しおりを挟む
 5月10日、金曜日。午前3時。

 寝汗をかいて目を覚ました。さっきまで夢を見ていた。小学生の男の子が一人で泣いている姿を覚えている。あれは自分だったのか?

 いや違うはずだ。いつも祖母から、どうしたのかと声を掛けられていたからだ。その胸にすがって、あの子に苛められたと報告していた。

 両親とではなく、祖母と二人暮らしであることを、馬鹿にするように言われていた。同級生の子からだ。奇異な家庭に感じたのか。高校生になる頃には理解していた。よくあることだと。

 子供の頃にはまだ世界が狭くて、自分だけでは解決できない問題が起こる。受け止め切れないことがあり、抱えられない時には大人に助けてもらう。先生だったり兄や姉、両親だったりと様々だ。俺には祖母しかいなかった。

 いや、もう一人いたことを思い出した。歌が好きな近所のお兄ちゃんだ。

 案山子が立っている田んぼのそばが練習場で、俺は観客だった。”葛野かずらの”という名字が珍しいこと、そこで歌っているから馬鹿にされていた。それでも止めずにいたのは、根っから歌が好きだからだ。俺は悩みを打ち明けることなく、歌を聴きに行った。そして、数年後に葛野さんは東京へ進学したから、それ以来は会っていなかった。彼はR&Bの歌手の羽音はおんとしてデビューし、再会した。

 つまりは俺には2人の存在があった。島川さんはどうだろうか?

 大学の授業で習ったことがある。ひとりで抱えることが出来ない体験と、抱え込まざるをえない状況があり、別の人格をつくる例があることを。

 島川さんは病院を受診し、カウンセラーの元へ通っている。大人と少年の二人に解離したことが分かった。早瀬への恋愛感情は、似たような家庭環境にある ”裕理君” のことを、自己投影した結果だ。あの子になりたいという想いが、べつの形で表現された。俺達が黒崎家に飛び込んだ時に、島川さんがこう言った。

(……裕理を愛している。体ごと手に入れたいと思っていた。初めて持った想いだ。お父さんが止めてくれた。たった今、解放された……。ありがとう……)

 あの時、お父さんが泣いていた。安心できる居場所を作れなかったこと、プラルという相棒を見つけた彼のことを誇りに思い、一族の前で称賛したことがあることを話してくれた。しかし、それがプレッシャーになり、島川社長としてあるべき姿を焼き付けた。友達の作り方を忘れて、相談相手がいなかった。全てが悪い方向へ進んだ。

 夏樹たちが、島川さんを受け入れて守ると言った。子供と大人が存在することで、誰からも誇りが傷つけられないようにと。

 寝返りを打つと、早瀬から抱き寄せられた。頭の中は島川さんのことでいっぱいだ。

「裕理さん……。島川さんの夢を見たんだ……」
「今日の昼間に電話をかける。圭一さんと相談する」
「裕理さん……」
「おいで。汗で冷えているから着替えよう」

 仲直りがしたい。まるで子供のようだが、友達同士なら合った表現だ。こうして寄り添ってもらえる相手がいる俺は、島川さんの気持ちを理解していなかった。やったことは悪いことだ。しかし、俺のことを思ってのことだった。それを俺は最低だと言った。それこそ最低な言葉を投げた。もっと話を聞くべきだった。

「はい。腕を出して」
「うん」

 シャワーを浴びると目が覚めるからと、早瀬が温かいタオルで身体を拭いてくれた。寝転がったままで着替えさせてもらえて、シーツを掛け直された。胸元をぽんぽんと叩くリズムが気持ちを落ち着かせた。

 愛されているし居場所がある。許してもらえる存在がある。島川さんにはそれがなかった。それが分かっていなかった。それらのことも謝るために、機会を作ってもらう。許してもらえるといい。すぐには難しくても、待っている。そして、夜が明けて、新しい一日が始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】

まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

【完結】君の穿ったインソムニア

古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。 純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。 「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」 陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。

処理中です...