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19-1 選択に迷った日
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5月10日、金曜日。午前3時。
寝汗をかいて目を覚ました。さっきまで夢を見ていた。小学生の男の子が一人で泣いている姿を覚えている。あれは自分だったのか?
いや違うはずだ。いつも祖母から、どうしたのかと声を掛けられていたからだ。その胸にすがって、あの子に苛められたと報告していた。
両親とではなく、祖母と二人暮らしであることを、馬鹿にするように言われていた。同級生の子からだ。奇異な家庭に感じたのか。高校生になる頃には理解していた。よくあることだと。
子供の頃にはまだ世界が狭くて、自分だけでは解決できない問題が起こる。受け止め切れないことがあり、抱えられない時には大人に助けてもらう。先生だったり兄や姉、両親だったりと様々だ。俺には祖母しかいなかった。
いや、もう一人いたことを思い出した。歌が好きな近所のお兄ちゃんだ。
案山子が立っている田んぼのそばが練習場で、俺は観客だった。”葛野”という名字が珍しいこと、そこで歌っているから馬鹿にされていた。それでも止めずにいたのは、根っから歌が好きだからだ。俺は悩みを打ち明けることなく、歌を聴きに行った。そして、数年後に葛野さんは東京へ進学したから、それ以来は会っていなかった。彼はR&Bの歌手の羽音としてデビューし、再会した。
つまりは俺には2人の存在があった。島川さんはどうだろうか?
大学の授業で習ったことがある。ひとりで抱えることが出来ない体験と、抱え込まざるをえない状況があり、別の人格をつくる例があることを。
島川さんは病院を受診し、カウンセラーの元へ通っている。大人と少年の二人に解離したことが分かった。早瀬への恋愛感情は、似たような家庭環境にある ”裕理君” のことを、自己投影した結果だ。あの子になりたいという想いが、べつの形で表現された。俺達が黒崎家に飛び込んだ時に、島川さんがこう言った。
(……裕理を愛している。体ごと手に入れたいと思っていた。初めて持った想いだ。お父さんが止めてくれた。たった今、解放された……。ありがとう……)
あの時、お父さんが泣いていた。安心できる居場所を作れなかったこと、プラルという相棒を見つけた彼のことを誇りに思い、一族の前で称賛したことがあることを話してくれた。しかし、それがプレッシャーになり、島川社長としてあるべき姿を焼き付けた。友達の作り方を忘れて、相談相手がいなかった。全てが悪い方向へ進んだ。
夏樹たちが、島川さんを受け入れて守ると言った。子供と大人が存在することで、誰からも誇りが傷つけられないようにと。
寝返りを打つと、早瀬から抱き寄せられた。頭の中は島川さんのことでいっぱいだ。
「裕理さん……。島川さんの夢を見たんだ……」
「今日の昼間に電話をかける。圭一さんと相談する」
「裕理さん……」
「おいで。汗で冷えているから着替えよう」
仲直りがしたい。まるで子供のようだが、友達同士なら合った表現だ。こうして寄り添ってもらえる相手がいる俺は、島川さんの気持ちを理解していなかった。やったことは悪いことだ。しかし、俺のことを思ってのことだった。それを俺は最低だと言った。それこそ最低な言葉を投げた。もっと話を聞くべきだった。
「はい。腕を出して」
「うん」
シャワーを浴びると目が覚めるからと、早瀬が温かいタオルで身体を拭いてくれた。寝転がったままで着替えさせてもらえて、シーツを掛け直された。胸元をぽんぽんと叩くリズムが気持ちを落ち着かせた。
愛されているし居場所がある。許してもらえる存在がある。島川さんにはそれがなかった。それが分かっていなかった。それらのことも謝るために、機会を作ってもらう。許してもらえるといい。すぐには難しくても、待っている。そして、夜が明けて、新しい一日が始まった。
寝汗をかいて目を覚ました。さっきまで夢を見ていた。小学生の男の子が一人で泣いている姿を覚えている。あれは自分だったのか?
いや違うはずだ。いつも祖母から、どうしたのかと声を掛けられていたからだ。その胸にすがって、あの子に苛められたと報告していた。
両親とではなく、祖母と二人暮らしであることを、馬鹿にするように言われていた。同級生の子からだ。奇異な家庭に感じたのか。高校生になる頃には理解していた。よくあることだと。
子供の頃にはまだ世界が狭くて、自分だけでは解決できない問題が起こる。受け止め切れないことがあり、抱えられない時には大人に助けてもらう。先生だったり兄や姉、両親だったりと様々だ。俺には祖母しかいなかった。
いや、もう一人いたことを思い出した。歌が好きな近所のお兄ちゃんだ。
案山子が立っている田んぼのそばが練習場で、俺は観客だった。”葛野”という名字が珍しいこと、そこで歌っているから馬鹿にされていた。それでも止めずにいたのは、根っから歌が好きだからだ。俺は悩みを打ち明けることなく、歌を聴きに行った。そして、数年後に葛野さんは東京へ進学したから、それ以来は会っていなかった。彼はR&Bの歌手の羽音としてデビューし、再会した。
つまりは俺には2人の存在があった。島川さんはどうだろうか?
大学の授業で習ったことがある。ひとりで抱えることが出来ない体験と、抱え込まざるをえない状況があり、別の人格をつくる例があることを。
島川さんは病院を受診し、カウンセラーの元へ通っている。大人と少年の二人に解離したことが分かった。早瀬への恋愛感情は、似たような家庭環境にある ”裕理君” のことを、自己投影した結果だ。あの子になりたいという想いが、べつの形で表現された。俺達が黒崎家に飛び込んだ時に、島川さんがこう言った。
(……裕理を愛している。体ごと手に入れたいと思っていた。初めて持った想いだ。お父さんが止めてくれた。たった今、解放された……。ありがとう……)
あの時、お父さんが泣いていた。安心できる居場所を作れなかったこと、プラルという相棒を見つけた彼のことを誇りに思い、一族の前で称賛したことがあることを話してくれた。しかし、それがプレッシャーになり、島川社長としてあるべき姿を焼き付けた。友達の作り方を忘れて、相談相手がいなかった。全てが悪い方向へ進んだ。
夏樹たちが、島川さんを受け入れて守ると言った。子供と大人が存在することで、誰からも誇りが傷つけられないようにと。
寝返りを打つと、早瀬から抱き寄せられた。頭の中は島川さんのことでいっぱいだ。
「裕理さん……。島川さんの夢を見たんだ……」
「今日の昼間に電話をかける。圭一さんと相談する」
「裕理さん……」
「おいで。汗で冷えているから着替えよう」
仲直りがしたい。まるで子供のようだが、友達同士なら合った表現だ。こうして寄り添ってもらえる相手がいる俺は、島川さんの気持ちを理解していなかった。やったことは悪いことだ。しかし、俺のことを思ってのことだった。それを俺は最低だと言った。それこそ最低な言葉を投げた。もっと話を聞くべきだった。
「はい。腕を出して」
「うん」
シャワーを浴びると目が覚めるからと、早瀬が温かいタオルで身体を拭いてくれた。寝転がったままで着替えさせてもらえて、シーツを掛け直された。胸元をぽんぽんと叩くリズムが気持ちを落ち着かせた。
愛されているし居場所がある。許してもらえる存在がある。島川さんにはそれがなかった。それが分かっていなかった。それらのことも謝るために、機会を作ってもらう。許してもらえるといい。すぐには難しくても、待っている。そして、夜が明けて、新しい一日が始まった。
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