連理の枝と約束~あなたと月の下で

夏目奈緖

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十年目の初冬

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 歴史は明治へと移り変わった。アンリがこの家に来たのは、俺が十六の年だった。父は代々続く武家・黒崎くろさき家の当主である。祖父の代からは海運業にも乗り出し、時代の波に乗るかのように機織はたおり工場も興した。店先には、三十センチ幅の織物が木枠にはめられ、まるで絵画のように展示されている。工場で働く女たちの丹精込めた作品だ。

 俺は幼いころから、勉強の合間に工場へ足を運び、彼女たちが機を織る姿を眺めていた。規則正しいの音は、いつも心を落ち着かせてくれた。

 そんなある日、恐ろしく美しい男が、ここで働かせてほしいと屋敷を訪ねてきた。工場の織物に心を奪われ、自分も機を織りたいのだという。名は前島杏里まえじまあんり。真白な肌に黒髪。人とはどこか違う、透き通るような気配をまとっていた。俺は彼と目が合った瞬間、息を呑んだ。心の奥を射抜かれ、ただ立ち尽くした。男が男に惚れる。そんなことがあるのかと、自分で自分に驚いた。それが、アンリとの出会いだった。

 季節は巡り、幾度目かの桜を見送ったころ、俺は二十六歳になった。アンリは二十八歳だ。工場の一員として、なくてはならぬ存在になっていた。彼が来て、もうすぐ十年が経つ。初冬の気配が、屋敷を包み始めている。

 部屋の窓を開け、アンリが外を眺めた。冷たい空気が流れ込み、暮れかけた光が俺たちを斜めに照らす。

秀悟しゅうご。今年の雪は深そうだ」
「そうか。お前の予測はよく当たる。どこで覚えた?」
「月から見ていた」
「またそれか。帰る、なんて言うなよ」
「君がいい子にしていれば言わないさ」

 アンリは、自分は月から来たのだと言っている。この星を観測する軍に属し、地上の慣習を学ぶために降り立ったのだと。機織りに興味を持ち、工員となり、黒崎家に身を寄せた。やがて兄・圭吾けいごの右腕となり、父の養子に迎えられた。両親も兄弟もいないという彼は、年を取らない。出会ったころの十八歳の姿のままだ。街で異端とされぬよう、父も兄も、俺も、親族も、彼を守ってきた。
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