夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 周りからの建物からの灯りが、黒崎の姿を照らしている。俺の方を見て、優しく笑っている。もっと近づきたくて、コートの中にもぐりこんだ。

「歩きづらいぞ」
「離れろって言わないじゃん」
「……言えるか」
「……あの」

 何気なく嬉しい発言をされた。しかも、コートで体を包んで抱きしめられた。スーツの匂いを嗅ぐと、いつもの匂いに包まれて、心が落ち着いていった。

「黒崎さん……」
「甘ったれ。ほんの数時間、離れていただけだ。マメに連絡をしてやったぞ?」
「うん、そうだよね」

 あんたの方から連絡を要求しているくせに。そう言い返すと拗ねるに決まっているから、ここでは黙っておく。もっと体温を感じたくて頬をすり寄せると、フローラル系の匂いを感じた。

「黒崎さん?今日はオフィスにいたんだよね?」
「ああ、役員室だけだ」
「どうしてフローラルの匂いがするんだよ?」
「覚えがない……」

 黒崎が無言になった。嘘をつくのが嫌いだから助かっている。どうやら、本当に何も知らなかった様子だ。

「夏樹、こっちを向け」
「……」
「何もしていない。お前だけだ」
「ほんとに?」
「本当だ」

 少しだけ視線を向けると、黒崎の顔が困惑していた。これ以上は苛めるのはやめておこう。黒崎製菓の社員さんらしき人から会釈を受けながらも、俺の方を見ておろおろしているのだから。それならこうしよう。紙ぶくろから見えている、ウサギのジュリエットを使うことにした。

「黒崎さん。ジュリエットから言われたら許すよ?」
「どういう意味だ?」
「『夏樹のことを愛している』って言われたら、いいかな~」
「おい、イジメるな」
「ふふん、言うしかないよ?」

 どうせ言わないだろう。あの信号で停まったときに仲直りをしよう。黒崎のことを見ずに歩いていると、いきなり肩を引かれた。至近距離に顔があったから立ち止まり、キスをされるのかと胸の鼓動が高鳴った。

「夏樹のことを愛している。これでいいか?」
「黒崎さん……」

 まさか本当に言ってくれるとは思っていなかった。驚きでぼんやり立ち止まっている間に、さっさと歩いて行こうとしている。もう一度聞きたくて、彼の腕を引っ張った。

「もう言わないぞ」
「心の準備をしていなかったんだよ~。お願いだからさ~」
「バカヤロウ!」
「いいじゃん~」

 黒崎の腕にまとわりついて歩いて行った。さすがにしつこいだろうかと思い、もう一度言ってもらうのを諦めた。
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